山中慎介インタビュー 中谷潤人のスーパーバンタム級初戦 後編(前編:山中慎介が語る、中谷潤人が「井上尚弥以外はメッタ打ち…
山中慎介インタビュー
中谷潤人のスーパーバンタム級初戦 後編
(前編:山中慎介が語る、中谷潤人が「井上尚弥以外はメッタ打ちにされた」強敵相手に直面したスーパーバンタム級の壁>>)
中谷潤人(M.T)のスーパーバンタム級初戦は、厳しい内容となった。一方で、同じ興行のメインイベントを務めた井上尚弥(大橋)は、アラン・ピカソ(メキシコ)に圧倒的な差を見せつけて判定勝利。相手が違うため単純比較はできないが、今年5月の東京ドームで予定される頂上決戦に向け、ファンからはさまざまな意見が出た。
しかし、だからこそ浮かび上がったものがある。スーパーバンタム級という新たな舞台で見えた中谷の課題と可能性、そして、ふたりの対戦が持つ特別な意味とは。前編に続き、元WBC世界バンタム級王者・山中慎介氏に話を聞いた。

昨年12月の試合後、右目を腫らして観客に挨拶する中谷 photo by 山口フィニート裕朗/アフロ
【今後の中谷は距離の設定がカギ】
――中谷選手は序盤、距離をキープするために自ら下がっているように見えましたが、中盤以降は下がらされていたと見るべきでしょうか?
「それは井上拓真(大橋)と那須川天心(帝拳)の試合にも当てはまることなんですけど、立ち上がりは誰でも警戒しますし、思い切っていきにくい部分があります。そのなかで、距離の取り方がうまいほうが主導権を握るんです。
中谷も、本来は距離が近くても遠くても戦える選手なんですけど、今回はもう少し遠い距離での戦いを続けたかったはずです。それができなかったのは、エルナンデスのうまさと圧力であり、同時に中谷にとってのこれからの課題ですね」
――中谷選手がより得意とする距離は、ロングやミドルでしょうか?
「そう思います。フライ級~バンタム級の頃は相手との体格差もあったので、減量がきつくても近距離で押し負けることはありませんでした。近距離で戦う時間が長くなっても力で制圧できたんです。
しかしスーパーバンタム級では、相手の体の強さ、耐久力がまったく変わってきます。一発一発のパワーはもちろん、押し合いになった時の"体の強さ"が違う。これからの戦いでは、距離をどう設定するかが一番のカギになってくるんじゃないでしょうか」
――中谷選手は、いつもより体を大きく使って強打を放っている印象がありました。
「前回の西田凌佑(六島)戦は、あえて強振していた部分もありましたね。ただ、中谷はシャドーの段階から、下半身の力をしっかりと拳に伝える"振り切る練習"を徹底しているイメージがあります。あらゆる角度からパワーパンチを打ち込んでいくのが彼のスタイルです」
――苦戦しながらも、勝ち切ったことの意味は大きいのでは?
「我々が想像する以上に大きいと思います。スパーリングでは上の階級の選手と手合わせすることもあるでしょうが、本番の12ラウンドで、あの圧力と耐久力を体感したのは今回が初めて。"スーパーバンタム級の洗礼"をここで浴びたことが、5月に向けた最大の収穫になるんじゃないでしょうか」
――中谷選手の修正力、アジャスト能力についてはどう見ていますか?
「仮にもう一度エルナンデス選手と戦ったら、次はもっと差をつけて勝てる気がしますけどね。中谷は実戦のなかで学習し、適応していく能力が非常に高い選手です。今回の辛勝が、彼をさらに化けさせる可能性がありますよ」
【井上尚弥vs中谷潤人はどうなる?】
――大橋会長と井上選手本人はピカソ戦の前に、フェザー級に階級を上げる可能性を示唆するコメントを口にしました。井上選手は試合後、「自分としても(中谷と)やる気持ちは十分ある」とあらためて語っていましたが、ふたりの対戦について期待値が変化したファンもいるかもしれません。
「同じ大会で、井上も中谷も判定勝利でしたが、その内容やポイント差を単純に比較してしまうと、どうしても『差は大きい』という見られ方になってしまう。それはある程度、仕方ない反応だとは思います。日本のファンの多くは、ふたりが圧倒的なKO勝利を飾って、『いざ、5月の東京ドームへ!』という流れを思い描いていたはずですから」
――これまでの実績を考えても、井上選手が優位という見方が多いと思いますが、勝負はそう単純ではないという点もありませんか?
「そのとおりですね。今回中谷が苦戦したからといって、同じように井上に対しても厳しい戦いになるかといえば、それはまた別の話だと思います。ボクシングには相性もありますからね。
もちろん、相手はあの井上尚弥。これまで多くの挑戦者が抱いてきた番狂わせの可能性すら、すべてゼロにしてきた"モンスター"ですから、中谷にとって極めて高い壁であることは間違いありません。しかし、今回の内容だけでふたりの実力差を断定してしまうのは、少し早いのではないかと思います」
――中谷選手の対戦相手だったエルナンデス選手と、井上選手の対戦相手だったピカソ選手を比較した場合、山中さんはどう分析されますか?
「タイプがまったく違いますよね。"やりやすさ"という点では、ピカソのほうがきれいにまとまっている分、攻略の糸口を見つけやすい相手かもしれません。もし僕が現役で、どちらかと戦わなければならないとなったら、やっぱりピカソを選びますよ(笑)」
――その理由はどこにありますか?
「ピカソは技術が高く、自分の距離を守るのが非常にうまい。ディフェンス力がとても高い選手です。ただ、オフェンス力で怖さがあるかというと、そうではない。一方、エルナンデスのように耐久力があって、フィジカルで強引に潰しにくるタイプは、理屈抜きに"やりにくさ"があるんです」
――今回はSNSなどでも、「対戦相手を交換したほうがよかったんじゃないか」という声が上がっていました。
「確かに否定はできません。ピカソのスタイルなら、中谷が早い段階で捕まえて倒していたかもしれない。ただ、ゴリゴリ前に出るエルナンデスが、井上のカウンターの餌食になっていたかもしれない。
先ほども言いましたが、ボクシングは相手との"噛み合わせ"の部分が大きいですからね。むしろ、今回の組み合わせだったからこそ見えた課題もある。中谷がこれだけ苦戦したことで、5月の決戦に向けてどう修正し、どう化けてくるのか、といった楽しみがより増えたとも言えますよね」
――結局、ふたりとも多くの人を魅了するボクサーであることは間違いありませんね。
「本当にそうですね。どんな状況でもしっかり勝ち切るふたりは、やはり特別な存在です。井上尚弥vs中谷潤人、この試合が正式に組まれたら、間違いなく世界が注目する、最高に盛り上がるカードであることに変わりはありません」
【プロフィール】
■山中慎介(やまなか・しんすけ)
1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。