2026年2月2日、中日ドラゴンズの沖縄・北谷キャンプに「臨時コーチ兼選手」として一人の男が合流しました。BCリーグ・栃…
2026年2月2日、中日ドラゴンズの沖縄・北谷キャンプに「臨時コーチ兼選手」として一人の男が合流しました。BCリーグ・栃木ゴールデンブレーブスに所属する川崎宗則選手、44歳。ソフトバンクやメジャーリーグで活躍し、「ムネリン」の愛称で日米のファンに愛された男は、いまも現役として野球を続けています。本記事では、川崎宗則の経歴から家族、病気との闘い、メジャーでの人気ぶり、そして中日キャンプ合流の背景までを詳しくお伝えします。
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川崎宗則のプロフィールと家族
川崎宗則(かわさき・むねのり)は1981年6月3日、鹿児島県姶良市生まれ。右投左打の内野手です。鹿児島工業高校時代は甲子園出場こそ叶いませんでしたが、50m走5秒9の俊足と安打量産から「サツロー(薩摩のイチロー)」と地元で呼ばれていました。
1999年のドラフト4位で福岡ダイエーホークス(現ソフトバンク)に入団。2011年に一般女性と結婚し、3人の子供に恵まれています。結婚相手は一般の方のため詳しい情報は公表されていません。
NPB時代の輝かしい実績
入団後はソフトバンクの正遊撃手として定着し、俊足巧打と堅実な守備で常勝軍団を支えました。2004年には打率.309を記録して最多安打(171安打)と盗塁王(42盗塁)の二冠を達成。同年と2006年にはゴールデングラブ賞・ベストナインを受賞しています。
国際舞台でも存在感を発揮しました。2006年の第1回WBCでは決勝キューバ戦で、イチローの右前安打で二塁から本塁へ生還。捕手のタッチをかいくぐってホームに手をねじ込んだ「神の右手」は語り草です。2009年の第2回大会でも優勝メンバーに名を連ね、2大会連続で世界一を経験しました。
メジャーリーグでの活躍と圧倒的な人気
2012年、ポスティングシステムを経ずにFA権を行使してシアトル・マリナーズへ移籍。憧れのイチローと同じチームでプレーする夢を叶えました。その後はトロント・ブルージェイズ(2013~15年)、シカゴ・カブス(2016年)で計5シーズンをMLBで過ごしています。
メジャーでの川崎の人気は成績以上のものがありました。カタコトの英語とジェスチャー、抜群のサービス精神でチームメイトやファンの心をつかみ、MLBの公式動画サイト「CUT4」からは2015年シーズンに「最もリーグを盛り上げた選手」として紹介され、「川崎宗則賞」という独自の賞まで贈られています。ブルージェイズ時代にはマイナー降格後も「川崎Tシャツデー」が開催されるほどの人気ぶりでした。
自律神経の不調からの復活
2017年、6年ぶりにソフトバンクへ復帰。しかし翌2018年、心身の不調により春季キャンプに参加できず、3月に自由契約という形で退団しました。川崎選手は「昨年より怪我に加えて自律神経系の病気にもなっており、身体を動かすことを拒絶するようになってしまった」とコメントを発表。ファンに衝撃が走りました。
しかし川崎選手は野球を諦めませんでした。2019年に台湾プロ野球・味全ドラゴンズで兼任コーチとして復帰し、2020年からはBCリーグ・栃木ゴールデンブレーブスで選手として再出発。40代に入ってからも毎年コンスタントに試合に出場し、2024年には打率.346をマークするなど、衰え知らずのプレーを見せています。
44歳で中日の春季キャンプに合流した背景
2026年2月2日から6日まで、川崎選手は中日ドラゴンズの沖縄春季キャンプに「臨時コーチ兼選手」として参加しています。きっかけは同郷・鹿児島出身の井上一樹監督との縁でした。川崎選手は合流の経緯について「井上さんが監督になって鹿児島でも盛り上がっている。なんとか僕も力になれればと思って来ました」と語っています。
初日から早出組の練習に合流し、村松開人や福永裕基ら若手内野手に二遊間の守備を直接指導。併殺プレーでの二塁への入り方や捕球時の足さばきを手取り足取り伝えました。川崎選手は中日の印象を「本当に昇り竜。僕は青だと思っていたけど赤いドラゴンだった。燃えている若い選手が多くて、この選手たちが日本一の内野手になるんだと思った」と表現しています。
井上監督は川崎選手について「高いテンションでキャラが立っている。それでいて他の選手がまねできないような俊敏な走塁、守備、バッティングがある。教えてくださいという選手が出てくることを期待します」と招聘の意図を説明しました。
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野球を愛し続けるムネリンの現在地
現在の川崎選手はBCリーグ栃木での現役プレーに加え、テレビ東京やフジテレビ、J SPORTSのMLB解説者としても活動しています。YouTubeチャンネル「宗チャンネル」での情報発信や、2025年オフにはドバイで新設された「ベースボール・ユナイテッド」にも参加するなど、44歳にして活動の幅はむしろ広がる一方です。
日米通算1463試合・1526安打・打率.286・279盗塁。数字だけでは測れない、グラウンドを明るくする力が川崎宗則の最大の武器です。「技術と気持ちを共有して、僕も一緒にうまくなりたい」。中日キャンプでの言葉に、この男の野球哲学が凝縮されています。