<最強日本フィギュア>(7)6日開幕のミラノ・コルティナ五輪まで、あと3日となった。フィギュアスケート日本代表は22年北…

<最強日本フィギュア>(7)

6日開幕のミラノ・コルティナ五輪まで、あと3日となった。フィギュアスケート日本代表は22年北京大会で獲得した過去最多メダル4個(銀2、銅2)を上回り、最大7個が視野に入る布陣となっている。開幕日まで10日連続で代表選手の素顔を紹介する「最強日本フィギュア」。第7回は、団体アイスダンスに出場する「うたまさ」こと吉田唄菜(22)森田真沙也(22)組(木下アカデミー)の歩みに迫る。【取材・構成=藤塚大輔】

★きっかけ

吉田は6歳のころに10年バンクーバー五輪女子金の金妍児、銀の浅田真央に憧れたこと。地元の岡山国際スケートリンクでの初体験では、いきなり壁に寄りかからず、数メートルも進んだが「その勢いでコケちゃって」と号泣したことが思い出。森田は器械体操やヒップホップダンスの教室に通っていた中、小2で始めた。母とともに自宅近くの京都アクアリーナを訪れ「体操もダンスも床の上で動くけど、スケートは自分で滑るのが楽しかった」。それまで競技をテレビで見たことすらなかったが、すぐに「やりたい」と懇願した。

★共同生活

カナダ滞在時は、民泊仲介サービスで借りた家に2人で暮らしている。コロナ禍で料理にハマった吉田が、週3日は2人分の食事作りを担当する。よく作るのはギョーザで「皮は市販ですが、自分で中身の餡(あん)を作って冷凍している」。食料調達のため、そろって街のスーパーで買い物をすることもある。森田の担当は、共有スペースの掃除やゴミ出し。「唄菜ちゃんが料理を作ってくれているので、それくらいはやらないと」と進んで引き受けている。

★性格

ともに負けず嫌い。吉田は幼少期に「『となりのトトロ』のメイちゃんみたい」と言われていたという。その象徴が、杉山匠海と組んだ中1の全日本ノービス選手権。頭痛や嘔吐(おうと)を伴う体調不良になりながらも「アドレナリンで頭痛は消えた」と気合で制した。森田はシングル時代にジャンプに苦戦したが、諦めずに挑み続けた。ダブルアクセル(2回転半)は中3の頃に6年がかりで習得。初着氷した練習で力を使い果たしたのか、帰路では「軽い脳振とうで、(大阪の)難波駅の駅員室でダウンしていた」。2人そろって、自らを追い込む性分だった。

★練習拠点

結成2季目まで京都を拠点としていたが、3季目の今季からカナダ・ロンドンに変更した。米国との国境にまたがる「ナイアガラの滝」から西へ約175キロに位置している。元五輪王者のスコット・モイア氏や22年北京五輪銅のマディソン・ハベル氏らに指導を受ける。「どんな時も100%、120%でやりなさい」と繰り返し助言を授けられて、吉田は「自分たちももっとできるということに気付けた」と実感を口にする。2連覇した昨年末の全日本選手権後もカナダへ渡り、五輪での団体戦に備えていた。

★結成

ともにパートナー不在だった23年春に結成した。森田が吉田のインスタグラムにダイレクトメッセージを送ったことが始まり。20年西日本選手権で1度だけ言葉を交わしたことはあったが、それまでほとんど関わりはなかった。顔合わせでは、岡山国際スケートリンクで約2時間半かけて技を確かめ、氷上で横並びになりながら世界選手権や五輪への思いを語り合った。森田は、滑りが合っていたといい「ジグソーパズルのピースが合う感覚」と好感触。吉田も「スケートへの向き合い方が一致していた」と結成を決断した。

◆吉田唄菜(よしだ・うたな)2003年(平15)9月6日生まれ、岡山県倉敷市出身。19年に西山真瑚とカップルを結成。20年ユース五輪混合団体金メダルを獲得した。21年に解消して、23年5月から森田をパートナーとした。25年冬季アジア大会優勝、同世界選手権22位。154センチ。

◆森田真沙也(もりた・まさや)2003年(平15)11月16日、京都市生まれ。中2からアイスダンスを始め、岡田和珠とのカップルで17年から2年連続で全日本ノービス選手権2位。20年から来田奈央と組み、22年から2年連続で世界ジュニア選手権に出場もしている。165センチ。