馬トク報知で今年から始まった過去の名勝負を当時の記事中心に振り返る【競走伝】。今回はキングヘイローが勝った1999年の…

 馬トク報知で今年から始まった過去の名勝負を当時の記事中心に振り返る【競走伝】。今回はキングヘイローが勝った1999年の東京新聞杯を取り上げる。前年はクラシック戦線で人気を集めながらも勝利ならず。マイル路線に切り替えて、実に1年3か月ぶり、8連敗の末につかんだ復活勝利だった。

 これがG1ロードでもまれた底力だ。キングヘイローが449日ぶりに復活した。最後の直線。好位から逃げるケイワンバイキングを追って、馬場の真ん中から力強く脚を伸ばすと、先頭に立ってからもゴールまで脚いろは鈍らない。独走で3馬身差をつけると、勝ち時計は1分33秒5のレースレコード。まさにマイル路線に新星が誕生した。

 2歳10月のデビュー戦以来となるマイル戦。しかし、スタートしてスッと先行集団に取りついた。「ゲートではおとなしくジッとしている。そして抜群なのはゲートセンス」。初めて騎乗した柴田善も舌を巻くほどのロケットスタートから感じ取ったマイラーとしての高い資質。「返し馬のとき、背中の柔らかさから、素質の高さを感じた。道中でうまくなだめられたし、ラストまで伸びると思った」。心憎いまでの落ち着いた手綱さばきで、重賞2勝目へと導いた。

 2歳時のラジオたんぱ杯3歳S(当時)から8連敗。1998年のクラシックG1でも皐月賞2着、ダービー14着、菊花賞5着と苦汁を飲まされた。「昨年(1998年)は人気で負けてばかり…。これで、本当に肩の荷が下りた」と坂口大調教師(当時)はホッとした笑顔。「レースを使う前は(マイルへの適性が)半信半疑だったが、この勝利でマイラーとして認識した」。この後は天皇賞・春への道を“封印”。安田記念、宝塚記念を新たな目標にする中距離路線に切り替えた。

 続く中山記念こそ勝ったが、その後は安田記念11着、宝塚記念8着など敗戦続き。秋も苦戦が続き、翌年はダートのフェブラリーS(13着)に使うなど様々な可能性が模索された。ようやく、その年の3月に柴田善騎乗で出走した高松宮記念で悲願のG1初制覇。坂口元調教師が人目もはばからず号泣したシーンに、競馬ファンは心を打たれた。

 父が1986年の凱旋門賞などを勝ち、最強馬と言われることもあるダンシングブレーヴで、母がケンタッキーオークスなどG1・7勝したグッバイヘイロー。世界的な超良血馬で、高い期待を持たれ、2001年から種牡馬入りした。産駒には2009年高松宮記念で父子制覇を達成し、同年のスプリンターズSも制したローレルゲレイロや、牝馬2冠に輝いたカワカミプリンセス(2006年オークス、同秋華賞)のG1馬2頭がいる。また、娘のシャトーブランシュがイクイノックスを産んだことでも有名だ。

 2019年3月19日、けい養先の北海道新冠町の優駿スタリオンステーションで老衰のため24歳で天国に旅立った。先日、JRAで最後の産駒だったリフレーミング(牡8歳、栗東・藤野健太厩舎)が中山金杯7着を最後に現役を引退したものの、種牡馬入り。その血はまだ後世へ続くことになる。