現役ドラフト1期生として広島へ、そして故郷・京都での最後のユニホーム 巨人、広島で活躍し、昨年は社会人野球の名門・日本新…
現役ドラフト1期生として広島へ、そして故郷・京都での最後のユニホーム
巨人、広島で活躍し、昨年は社会人野球の名門・日本新薬でプレーした戸根千明氏が昨年限りで現役引退を決断した。現役ドラフト一期生として広島での再起を図るも、扁桃炎などに苦しみ、2年目は登板機会も激減。それでも故郷・京都に拠点を置く日本新薬で最後のユニホームに袖を通し、次のステージへの道筋を見出した。33歳の左腕が語る引退の先にある、野球への新たな関わり方とは。
2014年ドラフト2位で巨人に入団した戸根氏は、1年目の2015年にオープン戦でのアピールが実り開幕1軍に抜擢された。46試合に登板して防御率2.88を記録し、2年目も42試合に登板。タフネスさの光るリリーフ左腕として将来を嘱望された。豪快な投球スタイルや二刀流への挑戦、マリナーズとのエキシビジョンマッチではイチロー氏からの三振も奪うなど、ファンの記憶に残る存在として親しまれた。
2022年オフ、初開催となった現役ドラフトで広島に移籍。環境を変えての再起にチャンスを見出していた。移籍初年度は開幕1軍入りを果たし、4月には移籍後初勝利を挙げるなど手応えを感じていたが、扁桃炎の症状に苦しめられた。コンディション不良が続き、8月以降は1軍再登録がなかった。
「100%が出せず、常に60、70%止まりの状態。頻繁に微熱が出たり、だるい状態が続いたり…。とにかく出力が上がらないんです」
2年目は1軍に呼ばれることすらなくなった。ファームで淡々と練習をこなし、グラウンドと自宅を往復するだけの日々が続いた。2軍の遠征にも帯同しなくなり、リリーフ投手でありながら2週間も投げない時期があった。マウンドから離れる期間が長くなるにつれて、プロ野球選手としてのアイデンティティが揺らいでいく。
「2軍の遠征にも帯同しなくなって、リリーフ投手なのに2週間も投げないことがありました。この頃には『俺って本当にプロ野球選手なのかな』って思っていました」
想定内の戦力外…トライアウトには参加せず
1軍未登板に終わった2024年オフ、戦力外通告を受けたが、本人にとっては想定内の結果だった。環境が変わってもチャンスを活かしきれなかった以上、どこに行っても同じだろうと考え、トライアウトには参加しなかった。
「カープに必要とされなくなった時がユニホームを脱ぐ時だなと。そんな心持ちの人間がトライアウトに出るのは失礼ですから」
プロ野球選手のキャリアに区切りを付け、戸根が選んだのは社会人野球の道だった。島根の江の川(石見智翠館)高校出身だが、故郷は京都。育った場所で最後は恩返しがしたいと、京都に拠点を置く社会人野球の強豪・日本新薬で最後のユニホームに袖を通した。元NPB選手としての存在感を示したが、戸根にとって大きな財産となったのは野球教室での経験だった。野球を知りたいという子どもたちの純粋な眼差しを見た時、タメになることをしてあげたいと強く思った。この経験が、引退後の道筋を明確にした。
周囲から愛される人柄で、面倒見の良い戸根らしい選択だった。話が好きなこともあって、講演などでプロ野球がどんな世界かを発信していきたい。それをきっかけに1人でも多くプロを目指してくれる子が出てきてくれたら嬉しい。戸根が目指すのは、野球の伝道師のような存在だ。
「僕自身、話が好きなこともあって、『伝道師』ではないですけど、プロ野球がどんな世界か、ということを講演などで発信していきたいなと。それをきっかけに1人でも多くプロを目指してくれる子が出てきてくれたら嬉しいですね」
自分を育ててくれた野球界への恩返し。プロとして投げることはなくなっても、野球への情熱は形を変えて続いていく。未来を語るその眼差しは、希望に満ちていた。(井上怜音/ Reo Inoue)