蘇る名馬の真髄連載第32回:ミホノブルボンかつて日本の競馬界を席巻した競走馬をモチーフとした育成シミュレーションゲーム『…
蘇る名馬の真髄
連載第32回:ミホノブルボン
かつて日本の競馬界を席巻した競走馬をモチーフとした育成シミュレーションゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』(Cygames)。2021年のリリースと前後して、アニメ化や漫画連載もされるなど爆発的な人気を誇っている。ここでは、そんな『ウマ娘』によって再び脚光を浴びている、往年の名馬たちをピックアップ。その活躍ぶりをあらためて紹介していきたい。第32回は、完全無欠の逃げで、無敗でクラシック二冠を達成したミホノブルボンを取り上げる。

無敗でクラシック二冠を制したミホノブルボン
photo by Kyodo News
『ウマ娘』のなかに「サイボーグ」と呼ばれるキャラクターがいる。ミホノブルボンだ。常に物事を数値で捉え、無表情かつ無機質に目的を遂行する。レースでは"逃げ"の戦法を得意とし、正確なラップタイムを刻んで他を寄せつけない。生き物とは思えぬ機械的な走り。その姿から、こうした呼び名がついたのだ。
このキャラクターのモデルとなったのは、1991年~1992年に活躍した競走馬・ミホノブルボン。同馬はまさしく測ったように安定したラップを刻んで、圧巻の"逃走劇"で連戦連勝を重ねていった。その結果、ファンから「サイボーグ」と呼ばれるようになったのだ。
さらにこの馬は、「坂路の申し子」と形容されることも多かった。同馬を管理していた戸山為夫元調教師(故人)は、坂路調教で所有馬を鍛えるという信念の持ち主だった。ミホノブルボンもその教育方針を受け、通常の馬が1日2~3回坂路を駆け上がるところを、同馬は4回こなしたという。
こうして1991年の3歳(現2歳。※2001年度から国際化の一環として、数え年から満年齢に変更。以下同)秋にデビューしたミホノブルボンは、3連勝でGⅠ朝日杯3歳S(中山・芝1600m)を制覇。あっさりと初GⅠタイトルを手にした。
ここまでは2番手以下に控えるレースが多かったが、翌年に4歳を迎えると、いよいよサイボーグのような逃げを披露する。
4歳初戦のGⅡスプリングS(中山・芝1800m)では、逃げて7馬身差の圧勝。続くクラシック一冠目のGⅠ皐月賞(中山・芝2000m)でも、2馬身半差の逃げ切り勝ちを決めた。単勝1.4倍という断然人気に応える、余裕綽綽(しゃくしゃく)の戴冠だった。
続いて挑んだのが、クラシック二冠目となるGⅠ日本ダービー(東京・芝2400m)。この一戦こそ、ミホノブルボンが最も強さを発揮したレースと言えるだろう。
実はこの頃、ミホノブルボンはレースのたびに"距離延長の不安"と対峙していた。というのも、同馬は血統的にスプリンターと見られていたからだ。事実、スプリングS、皐月賞と距離が延びるたびに、各メディアではその点が懸念材料に挙げられてきた。
それが、ダービーでは皐月賞から400mの距離延長となる。距離への不安は一段と増して、レースでは1番人気に推されながら、単勝オッズは2.3倍と皐月賞よりもやや高くなっていた。
だが、ミホノブルボンは周囲の不安を難なく払拭してしまう。
スタートからすかさず先頭に立つと、前半1000mを61秒2という理想的なラップで入り、その後も絶妙なペース配分で後続のライバルたちを先導。リズムのいい走りで、最後の直線を迎えた。
残るは、府中の長い直線。未知なる400mとなる。はたして、ミホノブルボンは最後まで持つのか。その行方をスタンドの大観衆が固唾をのんで見守っていたが、ミホノブルボンは力強い走りで直線の坂を駆け上がっていく。
鞍上が気合いを入れると、グングンと加速。ライスシャワー、マヤノペトリュースといった追いすがる面々も突き放して、4馬身差をつけてゴール板を通過。無敗の二冠を達成した。
レース全体の200mごとの通過ラップを振り返ってみると、ミホノブルボンは12秒2~12秒5の間のラップを8回も並べる芸当を見せていた。「サイボーグ」たる本領を存分に示したと言える。
そして秋には、ミホノブルボンは三冠をかけてGⅠ菊花賞(京都・芝3000m)に挑戦。ダービーからさらに600m距離が延びるなかでも、積極的なレースを見せた。しかし、最後にライスシャワーに捕まって2着。初めての敗戦だった。
その後はケガに泣かされて、そのままレースを走ることなく引退。無事であれば、どれほどの実績を積み重ねたことか。負けたとはいえ、適性距離ではない3000mでもあれだけの走りを見せた馬である。おそらく中距離以下の距離では、無敵の強さを誇ったのではないだろうか。