<最強日本フィギュア>(4)2月6日開幕のミラノ・コルティナ・オリンピック(五輪)まで31日であと6日。フィギュアスケー…
<最強日本フィギュア>(4)
2月6日開幕のミラノ・コルティナ・オリンピック(五輪)まで31日であと6日。フィギュアスケート日本代表は22年北京大会で獲得した過去最多メダル4個(銀2、銅2)を上回り、最大7個が視野に入る布陣だ。「最強日本フィギュア」と題し、開幕日まで10日連続で選手の素顔を紹介している。第4回はペアの三浦璃来(りく、24)。木原龍一(33=ともに木下グループ)との“りくりゅう”で2度目の五輪に臨む。【取材・構成=松本航】
★開始
5歳の時にディズニーアニメでミッキーやミニーのスケートを見て「楽しそう!」と始めた。兵庫・宝塚市の出身で、シングル時代は02年ソルトレークシティー五輪4位の本田武史さんに師事。他の習いごとは新体操や空手。過去には「(空手を)生かすところがないですね。たまに遊びで蹴るぐらいです」と隣の木原にニヤリ。アニメが好きで、一時期は「声優さんになりたい」と夢見た時期もあった。15年にペア転向して「投げ飛ばされる、振り回されるのが好き。アトラクションが好きな子は楽しんでやれると思います」とキッパリ言う。
★対面
“りくりゅう”誕生は三浦の誘いから始まった。ともに前パートナーとのペアを解消していた19年7月、自らが名乗り出てトライアウトを実施。共通の友人だったアイスダンスの小松原美里さんに「優しくて人柄も良くて、熱心だよ」と勧められていた。だが、第一印象は「すごく怖かった。話しかけづらいなと思った」。木原が高地トレーニング用の黒いマスクをしており「スコ~ッ、スコ~ッ」と音を立てながら真面目な表情で走っていた。初めは硬いやりとりだったが、ともに時間を過ごす流れで木原から「敬語じゃなくていいよ」と促された。
★失物
競技会のたびに話題になるのが忘れ物。24年グランプリ(GP)ファイナルでは左手のネイルを塗り忘れ「乾かないんですよ、ネイルって。利き手が左なので、右だけ塗ってそのまま…」と苦笑い。25年世界選手権のフリーに向けた公式練習では練習着を着用した。衣装のタイツを宿舎に忘れたことが原因で、ホテルに戻った後にあらためて衣装を着た。木原は「腰のホールドの位置が少しでも高くなると、感覚がずれちゃう。それを(衣装で)確かめたかった」。ファンにも、三浦のほほ笑ましい特徴として知られている。
★憧れ
22年北京五輪ペア金メダルの隋文静(中国)の話題になると、目をキラキラとさせる。男性の韓聡と組む“スイハン”ペアで長年トップを走ってきた。“りくりゅう”結成1季目の19年NHK杯で競演し「もう憧れで…。2人の空気感がすごく好きで、私たちもそんなふうになりたいです」と熱弁。“スイハン”ペアは今季3年ぶりに復帰した。北京五輪では7位-1位の関係性で「今回は2人に食らいつきたい」と決意する。木原も「追いかける立場に戻れる。気が楽になった」とし、世界王者の立場ながら2人で、憧れの存在を追っている。
★強み
かねて木原からは「芯の強さだったり、何かスイッチが入った時の気持ちの強さは世界一だと思います」とたたえられる。25年12月の全日本選手権ではショートプログラム(SP)滑走直前の6分間練習で左肩を脱臼。それでもSPで国際スケート連盟(ISU)非公認ながら世界歴代最高を上回る84・91点で首位発進した。棄権の考えは浮かばなかったといい「今までやってきたことを信じてやろう」と滑り抜いた。身長146センチと小柄な体を強みに変え、ペアの女子選手に欠かせない体幹の強さ、スロージャンプの着氷の技術などにも定評がある。
◆三浦璃来(みうら・りく) 2001年(平13)12月17日、兵庫・宝塚市生まれ。5歳でスケートを始め、15年にシングルからペア転向。市橋翔哉と世界ジュニア選手権にも出場。19年から木原とペア結成。22-23年に日本で初めて世界選手権、4大陸選手権、GPファイナルを制す「年間グランドスラム」達成。25年世界選手権優勝。趣味はアニメ鑑賞。大阪・向陽台高から中京大。146センチ。