2026年に入り、早くも1か月が経とうとしている。見方を変えると、ワールドカップ開催も日々近づいているのだ。蹴球放浪記家…

2026年に入り、早くも1か月が経とうとしている。見方を変えると、ワールドカップ開催も日々近づいているのだ。蹴球放浪記家・後藤健生も、ワールドカップ取材の綿密な計画を進めている。そのためにはまず、サッカー日本代表の大会期間中の「ホーム」となる地域を、よく知らなければならない。

■日本代表にとっては「テキサスW杯

 6月に開幕する2026年FIFAワールドカップ。

 日本代表は初戦(対オランダ)をアメリカ・テキサス州のダラスで戦い、2戦目(対チュニジア)ではメキシコ・ヌエボレオン州のモンテレイに移動。最終戦(ヨーロッパ・プレーオフ勝者)では再びダラスに戻って戦います。

 さらに、ラウンド32に進出すれば、首位通過の場合はモンテレイ、2位通過の場合はダラスと同じテキサス州のヒューストンで(たぶん)ブラジルかモロッコと対戦。モンテレイのラウンド32で勝利した場合は、ラウンド16の舞台がヒューストンということになります(ヒューストンのラウンド16で勝利した場合は、ラウンド16は決勝戦の会場でもあるニューヨーク/ニュージャージーに移動)。

 まだ発表されていませんが、大会中のキャンプ地も試合会場に近いテキサス州に置かれることでしょう。

 2026年ワールドカップはカナダ、アメリカ、メキシコの3か国による広域共同開催ですが、日本代表にとっては“テキサス・ワールドカップ”ということになりそうです。

■ダラスで起きた大事件

 さて、日本代表の試合会場になりそうなダラスとヒューストン……。

 1960年代に多感な10代を送った僕のような世代にとっては、どちらもなじみ深い都市名ということになります。

 ダラスという都市で何があったのか? 若い世代の方はご存じないかもしれません。

 それは、1963年11月22日金曜日のことでした。

 翌1964年の大統領選挙を控えてテキサス州を遊説中のアメリカ合衆国第35代大統領ジョン・F・ケネディがダラスで暗殺されたのです。

 11時40分頃、ダラスのラブフィールド空港に到着したケネディ大統領と妻のジャクリーンは大統領専用のオープンカーに乗車して市内に向かいましたが、エルム通りの教科書倉庫前に差し掛かったところで後方から銃撃を受け、発射された3発(?)の銃弾のうち2発が大統領に命中。大統領専用車はパークランド記念病院に急行しましたが、大統領はそのまま息を引き取ります。

 狙撃犯のリー・ハーヴェイ・オズワルドは事件から約1時間ほどで逮捕されて取り調べを受けていましたが、翌々日に警察本部内で射殺されてしまいます。犯行はオズワルドの単独犯とされましたが、謎も多く、さまざまな陰謀論が噴出。真相は、現在も謎のままです。

■歴史的瞬間に重なった惨事

 事件が起きたのは日本時間では11月23日の午前3時30分のことでした。

 そして、この日の早朝5時27分から、通信衛星を使った初のテレビの衛星中継の実験が行われることになっていました(当時は「宇宙中継」と言われていました)。そして、その中継放送の冒頭「アメリカのケネディ大統領が暗殺されました」という第一報が伝えられたのです。

 リレー1号というアメリカの通信衛星を使った実験でした。

 現在の通信衛星や放送衛星は地上3万6000キロメートル弱の静止軌道(地球の自転と同じ周期で地球を一周するので地上からは静止しているように見える)にあるので24時間通信ができますが、リレー衛星は低軌道の衛星だったので中継ができるのは衛星が太平洋上にあって両国の通信施設から見える20分ほどだけでした。

 当時11歳だった僕は、その歴史的な衛星中継を見ようと思って、朝の5時に起きてテレビの前に座っていました。そして、そこで飛びこんできた「大統領暗殺」というビッグニュースに衝撃を受けたのです。

 ちなみに、1964年10月に開催された東京オリンピックでは開会式の模様が静止衛星シンコム3号を使ってアメリカに衛星中継され、ヨーロッパへはアメリカからビデオテープを空輸することになっていましたが、たまたまリレー衛星が大西洋上を通過する時間だったのでヨーロッパに同時中継することにも成功したのです。

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