柔道女子48キロ級で2024年パリ五輪金メダルの角田夏実(33)=SBC湘南美容クリニック=が30日、千葉・浦安市で記…
柔道女子48キロ級で2024年パリ五輪金メダルの角田夏実(33)=SBC湘南美容クリニック=が30日、千葉・浦安市で記者会見し、競技の第一線を退く意向を表明した。既に全日本柔道連盟に強化指定選手辞退届を提出した。代名詞のともえ投げと関節技を武器に活躍し、初出場のパリ五輪で日本柔道史上最年長となる31歳11か月で頂点に立った。今後は柔道の普及活動などに取り組んでいく。
涙あり、笑顔あり、驚きあり。角田らしい“引退会見”だった。柔道着姿で登壇。悩み抜いた末に出した答えを明かした。「五輪は生半可な気持ちで臨めるものではない。3年後のロス(五輪)までどうやって戦うのかと考えた時、先が見えなかった。私の中での引退は、五輪を目指さないこと」。小学2年で柔道を始め、31歳11か月で五輪に初出場。遅咲きと言われた競技生活に区切りをつけた。
パリ五輪後も現役を続行した。25年2月に五輪王者だけに許されるゴールドゼッケンを背負い、念願の国際大会の畳に立った。4月には体重無差別の全日本女子選手権に挑戦したが、その後は実戦から離れ、競技から距離を置いて進退に向き合った。「天使と悪魔ではないけど、現役をしたい自分と、もう苦しいと思う自分と。ずっと葛藤があった」。気持ちは揺れ動いたが、出場を辞退した昨年12月のグランドスラム東京大会を外から見た時に「『あの舞台にまた立ちたい』と思わなかった」。闘争心が湧いてこなかったことに気付かされ、決断に至った。
21年東京五輪は代表選考レースの途中で52キロ級から階級を下げて目指したが、届かなかった。その時点で引退も考えたが、ともえ投げと関節技に磨きをかけ、パリ五輪で日本勢第1号の金メダル。「諦めずに戦ってきて良かった。いろいろな人の支えがあって戦いきれた」。晴れやかな表情だった約40分の会見の終盤、パリまで二人三脚で歩んだ今井優子コーチがサプライズで登場すると、涙があふれた。感謝のともえ投げを披露し、技の切れ味に会見場から感嘆の声が漏れた。
今後は全国各地での柔道教室などを通じて、自身の経験を子供たちに伝えていくつもりだ。第一線は退くが、試合に出場する可能性もあるという。「これまで『恋人』のような関係だった柔道と『家族』になりたい」。独特の表現で、第2の人生への期待に胸を膨らませた。(林 直史)
◆角田 夏実(つのだ・なつみ)1992年8月6日、千葉・八千代市生まれ。33歳。八千代高から東京学芸大、SBC湘南美容クリニック。52キロ級で2017年世界選手権2位、18年アジア大会優勝。19年講道館杯で48キロ級に階級を下げて優勝した。同階級で21年から世界選手権を3連覇。24年パリ五輪金、混合団体銀メダル。得意技は関節技、ともえ投げ。161センチ。家族は両親と姉。
◆角田のともえ投げ 角田の代名詞技。相手を前方に崩して下にもぐり込み、ともえの形で回転して投げる捨て身技。高校時代、親子参加の柔道教室で父・佳之さんから習ったのが原点。パリ五輪は初戦から徹底的にともえ投げを仕掛け、そこから関節技に移行するコンビネーションを駆使して全5試合を勝ち上がった。混合団体でもフランスとの決勝で2階級上の銅メダリストにともえ投げで一本勝ち。日本の銀メダルに貢献。この日の会見では希望した報道陣5人を相手に実演した。
―一番の思い出は。
「五輪でメダルを取れたことは忘れられない思い出ですが、高校生の時に強化練習会で初めて今井コーチと出会ったことや、団体戦の楽しさを教えてくれた国体も強く心に残っている」
―遅咲きの競技生活で原動力となったものは。
「『柔道が好き』という気持ち。そう思っていると同じように柔道が大好きな人たちが集まって全力でサポートしてくれた。その人たちの人生まで背負っているという気持ちがあったから、妥協せずに頑張れた」
―今後、柔道以外で取り組みたいことは。
「前々から『結婚して子供が欲しい。母親になりたい』と自分の母を見てすごく思っていた。30代女性の悩みでもある妊娠、出産に向き合っていた時に卵子凍結する機会をもらったことで考える幅が広がった。そういった女性の悩みに対しても、自分が伝えられることを発信していきたい」