昨年12月、インドネシアのジャカルタで開催された第2回アジア甲子園(朝日新聞社など後援)に、大阪大硬式野球部の田中美空…
昨年12月、インドネシアのジャカルタで開催された第2回アジア甲子園(朝日新聞社など後援)に、大阪大硬式野球部の田中美空さん(21)がただ1人の学生ボランティアとして参加した。運営のサポートに携わり、大会の成功に一役買った。
アジア甲子園は14~18歳までを対象にした野球大会。主催する一般社団法人NB.ACADEMY代表理事の柴田章吾さん(36)が中心となり、2024年12月に第1回大会が開催された。
柴田さんは愛工大名電高(愛知)の投手として07年の第89回全国高校野球選手権大会に出場。明大を経て、プロ野球・巨人の育成選手として3年間プレーした。
引退後、企業に勤める傍らフィリピンで野球普及活動に取り組んだ。自身が中学生の時に難病のベーチェット病を患い、甲子園出場という目標が生きる支えになった経験から、「野球普及には技術向上ではなく、目標が必要」と、大会創設を構想した。
そんなアジア甲子園の存在を、大阪大硬式野球部で唯一の女性選手である田中さんが知ったのも24年。かねて交流があった明大女子硬式野球クラブの藤崎匠生監督から教えてもらい、興味を持った。
田中さんは東京での高校時代、ソフトボール部などに所属していたが、「一度、本気で硬式野球をやってみたいと思っていました。学生生活も最後なので、後悔しない選択をしたかった」と硬式野球部に入部。新しい世界に飛び込むのに、気後れはしない。
海外での大会、というのにもひかれた。高校生のときは、コロナ禍のまっただなか。オーストラリアに行くはずだった研修旅行はなくなった。外国語学部トルコ語専攻の3年生だが、海外への渡航経験はなかった。「コロナで一番打撃を受けた世代です。そもそも外国語学部なのに一度も外国に行ったことがないのはどうなんだ? と思っていたので」
第2回大会の開幕まであと1カ月半に迫ったタイミングで、柴田さんに直接連絡をとり、ボランティアでの参加を申し出た。アジア甲子園には元プロ野球選手も何人か協力しているので、念のため野球部長経由で日本学生野球協会にも参加の可否を問い合わせ、承諾を得た。
ボランティアのため、渡航費や滞在費は自費。スポーツ系の大学院進学をめざして、ラジオ局のアルバイトでためた貯金を取り崩してインドネシアへ。12月13日から20日までの期間中、試合結果に戦評をつけて配信。応援席では現地在住の日本人などで構成した吹奏楽団やチアリーダーの誘導や、現地の人への応援指導など、実務面を補助した。
運営に携わってみて、いくつか気がついた点があった。まず、野球のレベル。「高校野球の地方大会の1、2回戦というイメージでしょうか。そのなかでも、動きが俊敏な選手や、いい投げ方をしている投手がいました。野球が普及していない地域ですが、見下すようなレベルではない。可能性を感じました」
次に、スタンドの雰囲気。ヒットが出たり、点が入ったりすると盛り上がるが、チームを鼓舞するような「応援」とは少し違った。グラウンドとスタンドの一体感をどうつくるかは、次回以降の課題だ。
第1回大会はインドネシア国内から8チームの参加だったが、第2回大会はインドネシアが10チーム、マレーシアから3チーム、シンガポールから1チームと規模が大きくなった。田中さんは、「現地の高校生にしてみれば、数少ない野球の大会の一つ。インドネシアと日本の文化のいいところが融合して、高校生たちに夢を与え、日本とインドネシアの架け橋になる大会になってほしいと思います」と、さらなる発展を願った。(山下弘展)