2月6日開幕のミラノ・コルティナ五輪まで29日であと8日となった。フィギュアスケート日本代表は22年北京大会で獲得した過…

2月6日開幕のミラノ・コルティナ五輪まで29日であと8日となった。フィギュアスケート日本代表は22年北京大会で獲得した過去最多メダル4個(銀2、銅2)を上回り、最大7個が視野に入る布陣となっている。「最強日本フィギュア」と題し、開幕日まで10日連続の長期連載で代表選手の素顔を紹介。第2回は女子で初出場の17歳中井亜美(TOKIOインカラミ)の歩みに迫る。【取材・構成=勝部晃多】

★勉強熱心

試合後は結果の良しあしにかかわらず振り返りを欠かさない。移動などの隙間時間を利用し、成功時と失敗時の演技をスローで見比べて分析。練習や試合前は好調時の動画を見てモチベーションを高める。幼少期から習慣にするメモは、その時の気持ちや悩みなどを書き出して心を整理する。信条は「何があっても諦めない」で、練習からジャンプの調子が悪くてもできるまで終わらないなど意識を徹底。ゴムチューブ、ボックスジャンプなどのトレーニングのほか、正しい着氷姿勢を意識付けるため単発のジャンプ後に1回転ループを加えるなど、練習にも工夫を凝らしている。

★トリプルアクセル

これがあったから今があると語る「勝つために必要なジャンプ」。中井の3回転半は回転が速く幅があり、GOE(出来栄え点)も高い。浅田真央さんが武器としていたこともあり、小5の時に「憧れの人と同じジャンプを跳びたい」と挑戦。習得までには両膝や腰をあざだらけにして両親に心配されたが、小学校卒業を間近に控えた3月に初めて着氷させた。ジュニア時代はショートプログラム(SP)とフリーで計3本を組み込むこともあったが、現在は質を重視して各1本ずつの構成。「ノーミスすれば1本でもしっかりと戦える」と自信を持つ。

★地元

新潟で培ったスケート観が、現在も土台となっている。幼い頃から氷上にスケート靴で図形を描く「コンパルソリー」を学び、基礎を習得。どうやったらジャンプを跳べるようになるのかを考え、実行することの楽しさを知った。一方で、大の負けず嫌いで泣き虫。「練習でうまくいかなかったらすぐ泣いていたし、試合で負けたらすぐ泣いていた」。壁を越えた時の達成感が、競技への思いを強くさせた。当時の渡部幸裕コーチは現在の中庭健介コーチの後輩で、五輪を決めた際には「亜美ちゃんなら行けると思っていたよ」と激励。「地元に恩返しを」と意気込む。

★プライベート

オフの日、疲れている時は家で爆睡。一日中SNSを見て過ごすこともある。コスメが趣味で、年齢の近いユーチューバーの動画を参考に化粧するのが日課。同じMFアカデミーの仲間で、移籍当初からの親友の高木謡とは、いつも美容の話で盛り上がる。元気な時は、友人とショッピングを楽しむ。新潟に暮らす姉とは2人でディズニーランドに行くほど仲良しで、昨年末の全日本選手権も現地応援。ミラノにも駆けつけてくれる予定で、「一緒にピザを食べたい」。勝負飯は牛丼。海外遠征には地元新潟産のコシヒカリを持参する。

★浅田真央さん

4歳の時、両親が何げなくつけていたテレビに映っていたのは浅田さんを紹介する番組。「自分も滑ってみたい。衣装を着てみたい!」と憧れたことが、5歳の時に地元新潟で競技を始めるきっかけとなった。小学時代にはレッスンを受ける機会にも恵まれた。日本勢最上位の2位となった今季のGPファイナルでは、浅田さんの前で演技し「夢がかなった」。五輪切符を獲得した全日本選手権後には「おめでとう」と声をかけられ「大好きです」と伝えた。現在も関連書籍を読んで極意を吸収。一番好きなプログラムはソチ五輪のフリー「ピアノ協奏曲第2番」。

◆中井亜美(なかい・あみ)2008年(平20)4月27日、新潟市生まれ。5歳で競技を開始。21年にMFアカデミーに移籍。22年全日本選手権4位。23年世界ジュニア選手権銅メダル。24年に通信制の勇志国際高に進学。同年ジュニアGPファイナル3位。シニア1季目の25-26年シーズンは、GPフランス大会で日本女子3人目の初出場初優勝。GPファイナルは日本勢最高の2位。趣味K-POP。身長150センチ。