GIウイナーではないものの「印象的な追い込み馬」として多くのファンから名前が挙がるのがブロードアピールではないか。と…

 GIウイナーではないものの「印象的な追い込み馬」として多くのファンから名前が挙がるのがブロードアピールではないか。とりわけ00年の根岸Sでのパフォーマンスは語り草だ。そんな中、今回は彼女が重賞初制覇を果たした00年のシルクロードSを振り返りたい。

 ブロードアピールは父Broad Brush、母Valid Allure、母の父Valid Appealの血統。4歳秋を迎えた98年9月に札幌でデビューした。初戦は3着だったものの、連闘で挑んだ500万下で初勝利。そこから休みなく使われると、翌99年3月までに9戦6勝の好成績を挙げて、オープン入りを果たした。ただ、重賞戦線では同年の阪急杯、スワンS、富士Sと3回の2着があったものの勝ち切れず。そんな中で迎えた一戦が00年のシルクロードSだった。

 連闘で迎えた10回目の重賞チャレンジ、ブロードアピールは目の覚めるような末脚を繰り出した。スタートは五分に出たが、迷いなく下げて後方から。道中は脚をためるだけためて直線に向いた。そして見せ場は残り200mを切ってからだ。不良馬場を物ともせずに脚を伸ばすと、内のトロットスターやタイキダイヤを交わして先頭へ。さらにそこから突き放し、終わってみれば1馬身1/4差の完勝で、重賞初制覇を果たした。

 ダート馬のイメージが強いブロードアピールだが、実は通算36戦のうち、3分の2の24戦が芝だった。重賞制覇はダートでの5勝に対し、芝はシルクロードSの1戦に留まったものの、00年のスプリンターズSで4着になるなど、アグネスワールドやブラックホークといった横綱級とも伍して戦った。残念ながらGI級のレースを勝つことはできなかったが、孫のワグネリアンが18年に日本ダービーを制覇。ブロードアピールの名前が再び脚光を浴びることとなるのであった。