連載第85回 サッカー観戦7700試合超! 後藤健生の「来た、観た、蹴った」 現場観戦7700試合を達成したベテランサッ…
連載第85回
サッカー観戦7700試合超! 後藤健生の「来た、観た、蹴った」
現場観戦7700試合を達成したベテランサッカージャーナリストの後藤健生氏が、豊富な取材経験からサッカーの歴史、文化、エピソードを綴ります。
サウジアラビアで行なわれたAFC U23アジアカップで日本は見事に優勝。全体的に圧倒的な内容だったものの、準々決勝ではPK戦での勝利もありました。
【ギャンブルに近いが準備が必要なPK戦】
AFC U23アジアカップで日本が連覇を決めた。
オリンピックイヤーの五輪予選を兼ねた大会では過去2回の優勝経験がある日本だが、今年のように次期五輪出場資格のある21歳以下のチームを派遣した大会ではこれまで優勝がなかったから、今回の優勝は「快挙」と言うべきだろう。
それも、6試合を戦って5勝1分(PK勝)。得点16失点1という圧倒的な内容だった。
AFC U23アジアカップ優勝の日本。準々決勝はPK戦で勝利した photo by Hiroyuki Sato
決勝戦終了後のフラッシュインタビューでキャプテンの市原吏音が語ったように、最大のターニングポイントは準々決勝ヨルダン戦でのPK戦だった。
次の大会はロサンゼルス五輪予選を兼ねて行なわれるが、男子サッカーの五輪本大会出場国数が減った関係で(16→12カ国)、アジア枠も次回から「2」に減る(前回のパリ五輪は3.5枠)。
現在の日本の実力なら、W杯予選のようにリーグ戦形式の予選であれば2枠に入るのはけっして難しいことではない。だが、ノックアウト式トーナメントで確実に決勝まで勝ち上がるのはそう簡単ではない。
大会を通じていくら圧倒的な力を示したとしても、準々決勝か準決勝でPK戦に持ち込まれたら敗退の危険に直面することになる。2014年にミャンマーで開かれたAFC U-19選手権(現AFC U20アジアカップ)では準々決勝の北朝鮮戦でPK戦に持ち込まれ、5人目のキッカーとして登場した南野拓実が失敗してU-20W杯出場権を逃したことがあった。
PK戦というのは、ギャンブルに近いところがあるのだ。
対策としては、ひとつの引き分けも許さないほど圧倒的な実力をつけることだ。しかし、もしもの場合に備えて、PK戦について万全の準備をしておくことも必要だ。
PK戦に向けての準備というのは、たとえばキックのうまい選手を見極め、選手の疲労度を勘案してキッカーのオーダーを組むことだ。2022年カタールW杯でのクロアチアとのPK戦で、森保一監督はキックの順序を選手たちに選ばせたという。だが、キックのオーダーは様々な情報に基づいて(科学的に)決めるべきだろう。
また、相手チームのキッカーやGKについての情報を集めることも重要だ。
相手GKがヤマを張って飛ぶタイプだったら駆け引きのできるキッカーを選ぶとか、相手GKが直前まで動かないタイプだったらキック力のある選手を起用するといったことが考えられる。
【キッカーもGKも落ち着いている】
そういう意味では、五輪予選を兼ねない今年の大会でPK戦を経験できたのは、選手にとってもスタッフにとっても貴重な財産になったのかもしれない。
今大会に参加していた選手の多くは昨年のU20W杯に出場しているが、昨年2月に中国・深センで開かれたAFC U20アジアカップ準々決勝でもイランと1対1で引き分けに終わり、PK戦で勝利してW杯進出を決めているのだから、彼らにはPK戦に対する苦手意識はないだろう。
さて、ヨルダン戦でのPK戦ではGKの荒木琉偉が相手の4本のキックのうち2本を止めた。しかも、相手のキックミスではなく、きちんとコースを読んで枠内へのキックをセーブしたのだからたいしたものだ。
そして、日本側は4人のキッカー全員が決めきった(道脇豊のキックが相手GKにセーブされたものの、回転がかかったボールが変則的なバウンドをしてゴールに飛び込むという幸運もあったが)。
最近の若い選手たちを見ていると、本当に落ち着いて蹴ることができている。
しっかりとゴールの枠の隅に正確なキックを飛ばしたり、いわゆるゴールの天井に強烈なキックをたたき込んだりするのに驚かされる。そして、変に緊張した様子もなく、リラックスして蹴っているように見える。
これは、今回のU23(実質U21)日本代表だけに限った話ではない。最近では全国高校サッカー選手権大会の準決勝、尚志対神村学園の試合も1対1の引き分けに終わってPK戦に突入した。
後攻の尚志のひとり目と、先攻の神村学園のふたり目が相次いでGKに止められて、「どうなるか?」と思わせたが、その後は両チームのキッカーが淡々と決めていった。そして、尚志の10人目がクロスバーに当てて、神村学園が決勝進出を決めた。
このPK戦を見ていても、両チームの選手たちの落ち着きぶりに驚かされた。決勝進出が懸かるキックという重圧をまったく感じさせなかった。
【悲壮感漂う昔のPK戦】
ノックアウトステージで試合が引き分けに終わった場合、昔は抽選で次のラウンドに進むチームを決めていた。両チームの監督あるいはキャプテンがセンターサークルの中で封筒に入ったクジを引くような形式だった。
「ペナルティスポットからのキックによって勝者を決める」というやり方も、一部では古くから行なわれていた。そんなPK戦(PK方式)がFIFAでも採用されるようになったのは1970年代だった。
日本の国際試合で初めてPK戦が行なわれたのは、1971年に東京・国立競技場でのアジアユース選手権(現AFC U20アジアカップ)準決勝。日本と韓国の試合はスコアレスドローに終わり、日本はPK戦に敗れて決勝進出を逃してしまった。
この時、キックの前に助走を止めるなど駆け引きを駆使した韓国の金鎮国(キム・ジンクク)は、一躍日本中で名前を知られる存在となったものだ。
当時のPK戦は本当に悲壮感が漂うもので、選手たちはガチガチに緊張してキックに向かっていた。そして、失敗した選手がピッチ上で泣き崩れたりするのも珍しいことではなかった。
ワールドカップ史上初のPK戦が行なわれたのは1982年スペイン大会の準決勝、西ドイツ対フランス戦だった。1対1で延長に入ってすぐにフランスが2点を決めたものの、当時の西ドイツは不屈の魂を持っていた。西ドイツが2点を返して試合は3対3の同点で終わったのだ。そして、西ドイツの3人目として登場したウリ・シュティーリケはキックに失敗するとピッチ上に突っ伏して、人目もはばからずに涙を流した(その後、西ドイツのGKハラルト・シューマッハーが2本を止めて西ドイツが勝利)。
【日本の若い選手たちが冷静なのは?】
ところが、最近の日本の若者たちを見ると、そんな悲壮感など感じさせずに冷静にキックを決めていく。
いったい、何なのだろう、あの精神力は......。
ひとつは、やはりキックの技術が高いので自信を持っているからなのだろう。
かつて、といってもほんの20年ほど前まで、「日本人選手はシュートが下手だ」とか「日本人選手はシュートを打たない」と言われていた。『日本人はなぜシュートを打たないのか?』という本まであり、日本の教育が横並び教育だからだとか、日本人の国民性がそうなのだとかといったことが大真面目で論じられていた。
だが、今では「日本人はシュートが下手だ」などと誰も思っていない。欧州各国のトップリーグで日本選手が得点を決めることは珍しくもないし、オランダのエールディヴィジでは日本人FWが得点王争いのトップに立っている。
20年ほど前まで日本人選手がシュートを打たなかったのは、単純にキック技術が下手で自信がなかったからなのであって、"文化論"など持ち出す必要はなかったのだ。
そして、経験を積み重ねることによって、PK戦というものが単に次のラウンドに進むチームを決める抽選に代わる手段に過ぎないと理解されてきたのも、変な悲壮感なしにリラックスしてペナルティスポットに向かうことができる要因なのかもしれない。
この夏に北アメリカ大陸で開催されるW杯でも、日本の上位進出を懸けたPK戦が見られるかもしれない。しっかり準備をして、前回のリベンジを果たしてほしいものだ。
連載一覧>>