【栗山求(血統評論家)=コラム『今日から使える簡単血統塾』】◆知っておきたい! 血統表でよく見る名馬【ジェイドロバリー…

【栗山求(血統評論家)=コラム『今日から使える簡単血統塾』】

◆知っておきたい! 血統表でよく見る名馬

【ジェイドロバリー】

 ヌレイエフやサドラーズウェルズの近親にあたる良血馬。アメリカの1歳セールでドバイのモハメド殿下が購買し、2歳シーズンの途中で社台ファームの吉田善哉氏にトレードされました。仏2歳チャンピオン決定戦のグランクリテリウムで強豪リナミクスを破って優勝したものの、3歳時は3戦して一度も勝てませんでした。

 日本で種牡馬となり、仕上がりの早さ、スピードを武器に成功。1996年から8年連続で種牡馬ランキングのベストテン入りを果たし、1999年には自己ベストの3位に食い込んでいます。

 芝とダートの勝利数の割合は“3:7”。ヤマカツスズラン(阪神3歳牝馬S)、イブキインターハイ(京都4歳特別)、ピカレスクコート(ダービー卿CT)のような芝馬も出ていますが、タイキシャーロック(南部杯、浦和記念、エルムS)、オースミジェット(平安Sなどダート重賞7勝)、テセウスフリーゼ(アンタレスS、さきたま杯、黒船賞)、テンパイ(プロキオンS)、キクノサリーレ(武蔵野S)など、ダートでコンスタントに活躍馬を出しました。

 母の父としてもメイショウトウコン、トーセンブライト、アドマイヤキッス、パッションダンス、クリノスターオーなど多くの重賞勝ち馬を出しました。

◆血統に関する疑問にズバリ回答!

「日本で初めて供用されたノーザンダンサー系種牡馬は?」

 1971年生まれのミンスキーです。英三冠馬ニジンスキーの全弟にあたる超良血で、現役時代にアイルランドでレイルウェイS、ベレスフォードS、グラッドネスS、テトラークSなどを勝ちました。

 1974年に浦河町の日高スタリオンステーションで種牡馬入りし、3年間供用されたあと、1977年に9歳で早世しました。

 代表産駒は、サンエムジョオー(阪神4歳牝馬特別)、ヨシノスキー(中山記念、金杯・東、クモハタ記念)、シルクスキー(阪神牝馬特別、函館3歳S)、ヒロノスキー(4歳牝馬特別・東)、マイエルフ(福島記念)など。サンエムジョオーは他に桜花賞とオークスで2着という成績があります。大橋巨泉さんの持ち馬だったフレーミングユースが種牡馬入りし、ダイナカーペンター(阪神大賞典、京都記念)の父となりました。シンボリルドルフのライバルだったビゼンニシキの母の父でもあります。

 1980年に総合種牡馬ランキングで4位、1979年に9位。もう少し長く生きていれば、2年遅れで供用を開始したノーザンテーストのライバルになっていたかもしれません。