◆報知プレミアムボクシング▽後楽園ホールのヒーローたち 第29回前編 葛西裕一 昨年5月にジムのプロ加盟で8年ぶりにプロ…

◆報知プレミアムボクシング▽後楽園ホールのヒーローたち 第29回前編 葛西裕一

 昨年5月にジムのプロ加盟で8年ぶりにプロボクシング界に復帰した葛西裕一(56)が、新米会長として奮闘中だ。東京・世田谷区用賀にあるボクシングジム「GLOVES」の会長として、選手育成に日々、汗を流している。現役時代は帝拳ジムの看板選手として日本、東洋太平洋スーパーバンタム級王座を獲得し、3度の世界挑戦を経験。引退後はトレーナーとして西岡利晃(元WBC世界スーパーバンタム級王者)ら4人の世界王者を育てた。2017年にアマチュア専門のジムとして「GLOVES」をオープンし独立。最後のチャレンジとプロ選手の育成に踏み切った葛西は、自身を「反面教師」とする指導法で将来のチャンピオン候補たちと向き合っている。(取材・構成=近藤英一、敬称略)

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 ジム代表という肩書からプロ加盟と同時に会長になった葛西は、練習生たちのパンチを受けるために連日、ミットを持ち、しった激励する。数か月前までは指導だけに専念すればよかったのだが、会長となった今では仕事も多岐にわたる。

 「プロ加盟して一番初めにやったことは、スポンサー探し。選手を育てていくにはお金も必要になる。スポンサーを獲得してジム経営を安定させる。経営に余裕ができれば、指導にも専念できますから」

 近隣の会社、知人の紹介などを頼りに奔走した結果、数社がスポンサーに名乗りを上げてくれた。これまで葛西の指導を受けたいとジムに入会しても、その後にプロを希望すれば、どこかプロ加盟のジムを紹介しなければならなかった。指導した選手が他のジムからデビューとなれば「寂しさはあった」という。そんな思いと「もう一度、プロ選手を育てたい」という願いが重なり、「もうひと花咲かせるには、これがラストチャンス」と昨年5月にプロ加盟した。

 まだプロテストを受験した選手はいないが、希望者は約10人在籍している。運動能力抜群の元甲子園球児もテスト受験のために日々、厳しい練習に励んでいる。

 初志貫徹。現役時代からの座右の銘だ。選手指導にはこだわりがある。

 「テクニックを重視して教えたい。特にジャブ。ジャブがうまく、強ければ何にでもつながる。そしてフットワーク。この二つがしっかりしていれば、誰にも負けないと思う。だからこそ、自分自身には悔いが残っている。何で自分のスタイルを捨てて世界に挑んでしまったのか。ジムの選手たちには自分が反面教師だと思って指導している」

 現役時代の失敗が、指導の根底にあるという。ボクシングを始めたのは中学1年の冬。父が元プロボクサーだったということもあり、「ボクシングでもっと人生を裕福にしたい」と友人と近所のジムに通い始めた。高校は当時名門だった横浜高に進学すると、海藤晃監督の指導を受け、国体(現国スポ)、インターハイを制覇した。尊敬するボクサーは元WBA世界フライ級王者の大場政夫。その後、同じ帝拳ジムに入門するのだが、ボクシングスタイルはすべて大場をまねした。ジャブを打つ手を体の前に出して構えるのが基本とされる中、大場同様に左右のグラブをアゴに付けるように置き、構えた。フットワークを使い、ジャブで相手をけん制するスタイリッシュな姿は、紛れもなく大場を思わせた。実際、帝拳ジム・マネジャーの長野ハルは、そのジャブの鋭さと将来性を認め、ジムへの入門を勧めた。

 「大場2世」というキャッチフレーズで、デビューから大きな注目を集めた。同じくプロ入りした高校の同期生はそうそうたるメンバーが並ぶ。鬼塚勝也(元WBA世界スーパーフライ級王者)、川島郭志(元WBC世界スーパーフライ級王者)、星野敬太郎(元WBA世界ミニマム級王者)、ピューマ渡久地(元日本フライ級王者)、松本好二(元日本、東洋太平洋フェザー級王者)。その中でも、デビュー当時からトップクラスの声援を浴び続けた。

 フットワークとジャブで主導権を握り、カウンターの右ストレートで仕留める。A級トーナメントを全KO勝利で優勝すると、翌92年には米国修業へと旅立つ。希望に胸を膨らませ、ボクシングの本場・ラスベガスに降り立ったまでは良かったが、目に飛び込んできた外国人ボクサーたちの動きにただただ、ぼう然とするしかなかった。

 「一気に自信をなくしました。柔らかく、シャープな動きを見て本当にびっくりした。世界チャンピオンのような動きをすると思った選手が6回戦だったり…。デビューから負けなしで、それなりに自信もあったんですが、テクニックの差は歴然としていた。自分の素質のなさに気付かされた」

 アジア人の動きと米国や中南米の選手では、明らかにリズム感が違った。当時はインターネットが普及していない時代。初めて見る海外選手のスタイルに戸惑った。スパーリングで足を使い、ジャブを出しても当たらなかった。逆に、ダンスを踊るようにリングを舞う相手のジャブを浴びた。悩んだ。「これが世界のボクシングだ。日本人が勝てる部分はどこにあるのか」と自問自答した。答えは「ハート」だった。長いラウンドを現地のボクサーたちとスパーリングをして感じた。「運動神経が良くても気持ちの弱い選手はたくさんいる。日本人の強さはハートだ。我慢強く戦って、パワーパンチを打ち込む」ことを考えた。フットワークとジャブとは正反対のスタイル。膝を使い、体を振り、前に出て強打を打ち込む。前後左右に動き、ジャブからチャンスをうかがうことを捨て、直線的なボクシングでの根性勝負に出たのだ。

 モデルチェンジは奏功した。ロサンゼルス、ラスベガスでの3連戦を全勝で終えると、帰国後に日本スーパーバンタム級の王座を獲得。初防衛も果たし、このスタイルこそ、自分の強みだと信じた。が、これが後悔の始まりだった。(28日に続く)

 ◆葛西 裕一(かさい・ゆういち)1969年11月17日、横浜市生まれ。横浜高で国体、インターハイ王者となり専大に進むが、中退して89年8月に帝拳ジムからプロデビュー。日本、東洋太平洋スーパーバンタム級王座を獲得。プロ戦績は24勝(15KO)4敗1分け。身長173センチの右ボクサーファイター。引退後は帝拳ジムのトレーナーを経て、2017年に東京・世田谷区用賀に「GLOVES」をオープン。