■会場…
■会場には元チームメートたちや指揮官も駆けつけて祝福
1月25日(現地時間24日、日付は以下同)。シカゴ・ブルズは、ホームのユナイテッド・センターでボストン・セルティックス戦に臨んだ。同点10度、リードチェンジ21度を数える激戦となる中、試合終盤にケビン・ハーターの3ポイントシュートが決まり、ブルズが114-111で制した。
この試合後、ブルズはデリック・ローズの背番号1の永久欠番セレモニーを開催。昨年1月5日の“デリック・ローズ・ナイト”に続き、この日も会場にはルオル・デンやタージ・ギブソン、ジョアキム・ノアといった元チームメートたち、さらにはブルズ時代の指揮官トム・シボドーも駆けつけた。
1990年代に2度の3連覇を成し遂げ、計6度の優勝を誇るブルズは、今シーズンで球団創設60シーズン目。選手で永久欠番になるのは、ジェリー・スローン(4番)、ボブ・ラブ(10番)、マイケル・ジョーダン(23番)、スコッティ・ピペン(33番)に続いてローズが5人目。
大勢の観客に加え、家族や元チームメートたちが見守る中、ローズはこう話していた。
「この旅路は、決して自分のためではありませんでした。この街の人たちをなんらかの形で引き出せるような、相乗効果を生み出すことが目的でした。そして、バスケットボールを通じて、私はその灯台、あるいは受け皿になりました」
ローズはイリノイ州シカゴ生まれ。2008年のドラフト全体1位でブルズから指名されてNBA入りし、キャリア最初の7シーズン(在籍は8シーズン)をブルズでプレーしてきた。超人的な身体能力でリーグを席巻したポイントガードは新人王、オールスターに加え、キャリア3年目の2010-11シーズンにはNBA史上最年少(22歳)でMVPも受賞。
その一方、ローズは2012年のプレーオフで大ケガを負い、その後も相次ぐヒザのケガに見舞われたことで爆発的な身体能力が失われた。それでも、愛するバスケットボールのコートへ戻るために必死にリハビリへ取り組み、すべてを捧げてきた。
「この瞬間を、私はまだすべてを受け止めきれていません。今はただ、感謝の気持ちでいっぱいです。あの天気の状況やシカゴの風土、そしてここに来ること、それを乗り越えてイベントに参加できることが、本当に大きなことです」とローズ。
そう語ったローズは、2000年以降にブルズでプレーし、永久欠番入りした初の選手に。背番号1を身にまとい、トップスコアラーとして長年活躍してきたスターガードは、通算8001得点で球団史上11位、2516アシストは同5位、フィールドゴール成功3102本は同9位、フリースロー成功1447本が同13位、平均19.7得点は同10位、6.2アシストも同6位にランク。
ローズは長年サポートしてくれた大勢のファンへ感謝していた。
「私の試合へ足を運んでくれた皆さんのお陰です。どういうわけか、私たちの間にはなにか繋がりを感じたんです。…今、こうして私の試合を見てくれた皆さんが今日来てくれたのは、決して偶然ではありません」
ブルズはローズ在籍時の2009年から2015年まで7年連続でプレーオフへ進出。2011年にカンファレンス・ファイナルまで勝ち進むもファイナル進出はならず、ローズは2012年が1試合のみの出場に終わり、2013年と2014年もケガのため出場できなかった。
それでも、ブルズのジェリー・ラインズドーフ オーナーは「優勝には届かなかったものの、ファンはあの時代のシカゴ・ブルズのバスケットボールを心から愛していました。デリックはシカゴ生まれ。私たちの一員です。彼はシカゴのためにプレーしてきました。彼が生まれ育ち、愛し、深く心に刻んでいた街のためにプレーしてくれました」と称えていた。
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