白崎浩之氏は2012年ドラフト1位でDeNAへ入団した NPBで8年間プレーした白崎浩之氏(西武パフォーマンスアナリスト…
白崎浩之氏は2012年ドラフト1位でDeNAへ入団した
NPBで8年間プレーした白崎浩之氏(西武パフォーマンスアナリスト)は埼玉栄高、駒大を経て2012年ドラフト1位でDeNAに入団した。即戦力として一身に期待を背負ったが、プロの壁は厚く、スタンドから浴びせられる厳しい声に苦しんだ。「メンタルは削られていました」。いつしか、ファンサービスさえも避けるようになっていたという当時の心境を吐露した。
憧れを抱いて飛び込んだプロの世界だったが、いきなり環境の違いに戸惑いを覚えた。ファンの視線、報道陣の多さ、アマチュア時代とは全く異なる雰囲気。「今まで普通にやっていた野球ができないという感覚でした」。
技術面では圧倒的な差を感じるということはなかったが、1年目の2013年は47試合で打率.212。2年目は101試合に出場もスタメンは半分以下の49試合で打率.234。大卒ドラフト1位としては物足りない成績だった。
当時は「暗黒時代」と呼ばれた低迷期。即戦力のドラ1として入団した白崎氏には起爆剤としての活躍を期待するファンも多かった。勝利は遠く、スタンドからの容赦ない声はルーキーにも向けられていた。
「2軍行けよ!」「お前なんか試合に出るな!」。平然を装ってはいたものの、振り返れば「メンタルは確実に削られていました。そんなことを言うのは数万人の中のほんの数人なんですが、僕の心が弱かったのでファンの人たちに対して“壁”を作っていました」。辛辣な言葉をかけられるかもしれない恐怖心で練習場などでのファンサービスを避けた。「自分をプロ野球選手と思わないで、という心境でした」。
その一方で、当時の中畑清監督はファンやメディアへのサービス精神は旺盛。特に白崎氏は駒大の後輩に当たるため、指揮官からは積極的な露出を促されていた。
「中畑さんには個別で打撃を教えていただくなど、すごく面倒をみてもらいました。ただ、僕を巻き込んでの対メディアという部分に関しては、正直にいうと辛かったです。結果も出ていないので野球以外で前に出たくなかったし『俺はそういうのいいから、そっとしておいて』と思っていました」
突然の日本Sスタメン抜擢で衝撃アーチ
意図せずとも注目されるドラフト1位の看板は重くのしかかっていた。「今の自分だったら『そんなこと大丈夫だから』と肩を支えてあげられるんですけどね。あの頃は心がそうじゃなかったんですよね。ファンの皆さんにも申し訳ないことをしたと思っています」。
周囲からの“視線”も落ち着きはじめた入団4年目には初の開幕スタメンを果たし92試合に出場。2017年はレギュラーシーズン34試合の出場ながら、球団初進出となった日本シリーズでは突然スタメンに抜擢された。第1打席で右前打を放つと、第2打席で東浜巨投手から本塁打を放った。白崎氏のプロ野球人生において語り草となる劇的アーチだった。
「自分のなかのラストチャンスで打てた。ベンチでラミちゃん(アレックス・ラミレス監督)とのハイタッチは、僕史上一番強く手を叩きました(笑)。“バチン!”といった記憶があります」。入団直後の葛藤した過去はその後のプロ野球人生を刻むための、なくてはならない大切なステップだった。(湯浅大 / Dai Yuasa)