1月下旬になり、各球団からキャンプの一軍、二軍の振り分けが発表されています。その中で今年、崖っぷちの立場にいるのが、中日…

1月下旬になり、各球団からキャンプの一軍、二軍の振り分けが発表されています。その中で今年、崖っぷちの立場にいるのが、中日の若手スラッガー・石川 昂弥選手です。東邦時代は19年、センバツ優勝を経験。高校通算55本塁打を記録し、高校日本代表の4番も務めました。ここまでのプロ6年間で通算23本塁打。昨季はわずか22試合出場、72打席と、過去4年間では最低の成績に終わり、球団も中日ファンも物足りなさを感じていると思います。

 実際、高校時代は、野球センス抜群のスラッガーで、ワクワクさせるような活躍を見せていました。

投打で凄みを見せ、センバツ優勝に貢献

 ドラゴンズジュニアだった石川選手は愛知知多ボーイズではショートとして活躍。ボーイズの日本代表にあたるNOMOジャパンに選出されるなど、中学時代からエリートでした。多くの強豪校から誘いがある中、両親が通っていた東邦に進学することを決めました。

 入学後、いきなり石川選手は打撃面で強烈なインパクトを残します。打撃練習で、東邦グラウンドのレフトスタンド奥にある雨天練習場を超える本塁打を放ったのです。

 東邦の森田泰弘前監督によると、石川選手はショートとしての守備力も高く、大型遊撃手として育てようという考えもあったようです。実際に1年春ではショートとして出場しています。

 ただ同学年の熊田 任洋内野手(トヨタ自動車)が大きく成長し、石川選手をサード、熊田選手をショートで育てる事になったようです。

 石川選手は1年秋から長打力を開花させ、県大会、東海大会で4本塁打を記録し、さらに2年春にはセンバツに出場します。

 しかし、センバツや2年春の大阪桐蔭との招待試合でプレーを見ましたが、あまり打った場面が見られず、開花はこれからという印象を受けました。

 そんな石川選手が本格化したのは、2年夏からでした。西愛知大会では19打数14安打、1本塁打12打点の活躍。2年秋は県大会6本塁打、東海大会で11打数7安打、打率.636、1本塁打、5打点の活躍を収め、優勝に貢献。明治神宮大会でプレーを見た際には、正確なスイング軌道から繰り出されるスイングスピードの速さに驚かされました。打者としてのスケールの大きさも他の選手にないものがあり、ドラフト上位候補として騒がれる存在になるだろうと思いました。

 2019年の高校野球をリードする存在と見て、2018年12月、筆者は東邦のグラウンドで取材を行いました。

 石川選手は順調に進化した要因について、目線のブレが少ない打撃フォームを追求したことで狙い球を逃さなくなったことを挙げ、その後も理想のフォームを追求してきたと語りました。

「しっくりくる打ち方を探して、良くなったらずっと同じ練習をする。そして、打席に入る前に必ず自分が決めた動作を行って入るようにしてから変わりました」

主将としてもチームを率いていた石川選手はチームメイトから信頼されている様子でした。センバツに向けて石川選手は「去年、先輩たちの代ですけど1回戦負けで、東邦の野球ができずに負けてしまったので、優勝を狙っていきます」と意気込んでいました。

 そして19年のセンバツでは投打で大活躍を収めます。2回戦となった優勝候補の広陵戦で本塁打を放ち、決勝に進出します。決勝の習志野戦では2ランを2本を放ち、投げても完封。

センバツ全5試合ですべて勝利投手となり、40回を投げ、わずか4失点、防御率0.90の快投でした。投手・石川は140キロ前後の速球、切れのあるスライダーを正確無比に投げられるコントロールの良さを持っていました。

 打撃だけではなく、投手としての活躍に東邦の控え投手は「あの指先感覚の良さが羨ましいです」と語るほどでした。

U-18代表では4番打者として活躍

東邦時代の石川昂弥

しかし夏は肘の不調もあり、石黒 佑弥投手擁する星城にコールド負けを喫し初戦敗退。それでも、センバツの活躍が評価され、高校日本代表に選出されました。

 高校日本代表の練習で見せた石川選手のパフォーマンスは別格でした。DeNA1位の森 敬斗内野手(桐蔭学園)などドラフト候補揃う選手の中でも木製バットで本塁打性の打球を連発。大学日本代表との壮行試合では4打数3安打3打点2二塁打の活躍を見せました。大学生投手が投げ込む140キロ後半の速球に対してもしっかりと長打にする打撃技術は抜きん出ており、この試合で大きく評価を高めました。

 石川選手は「大学生投手はみんな凄いと思って怯んでしまいそうですが、実際に打席に立ってみたら、あまり驚くほどではありませんでした」といつも通りの打撃ができたといいます。

 速球投手から打てたのは夏の初戦敗退後、練習ができる時間があったからだそうです。バッティングマシンでは150キロ近く設定して毎日打ち込んでいたといいます。

 そして韓国で行われたU-18ワールドカップでは4番に座り、24打数8安打、1本塁打9打点。大活躍でしたが、石川選手は「毎日試合が続いて、体力的にきつかったですね。最後は体のキレが全然ありませんでした」と体力面を課題に挙げていました。しかし、公式戦でも高い対応力を示しており、ドラフト1位は間違いないという評価を受けるほどになりました。

 ドラフト前の取材で石川選手は「自分、U-18で4番を打たせてもらい、結果を残すことができたのは自信になりました。実は『歴代のU-18代表の4番打者はすごい』という記事をネットで拝見しました。自分も4番を打たせてもらって、プロにいって、凄いと言われる選手になりたいです」

19年のドラフトではオリックス、中日の2球団の競合となり、中日が交渉権を獲得しました。

プロでは類まれな打撃センスが持続せず、昨季は過去4年で最低成績

 プロ入り後の石川選手は23年に11本塁打を放つなど、打撃センスの高さを発揮しますが、故障が多く、そして不調も長く続くのがネックです。

 昨季は春季キャンプ中に右肘のコンディション不良で開幕一軍を逃し、わずか22試合で72打数10安打、1本塁打5打点、打率.139に終わります。

 首脳陣からは「特別扱いは終わり」と告げられ、中日OBの解説者からも厳しい評価が聞かれます。

 石川選手は真面目に練習に取り組む選手ですので、野球に対する姿勢については心配していません。ただ、類まれな打撃センスをなぜ発揮できないのか。この問題を石川選手自身が考え、克服しなければなりません。

 中日ファンの期待に応え、今年こそ大ブレイクのシーズンになるでしょうか。一軍キャンプスタートとなった2月から進化の兆しが見えることを期待しています。