駒田氏は現役時代は満塁男の愛称で知られた(C)産経新聞社 巨人OBで現役時代は「満塁男」の愛称で知られ、昨季限りで巨人3…

駒田氏は現役時代は満塁男の愛称で知られた(C)産経新聞社
巨人OBで現役時代は「満塁男」の愛称で知られ、昨季限りで巨人3軍監督を退任した駒田徳広氏が1月20日に放送された「プロ野球 レジェン堂」(BSフジ)に出演。巨人のルーキー時代からFAで横浜に移籍した現役時代を振り返った。
【動画】「Go Blue Jays!」岡本和真が英語で入団会見 実際の様子
奈良県出身。桜井商時代の43本塁打、打率.490とえげつない成績も紹介されながら、ドラフト入団当時の思い出も語られた。
ドラフト指名は1980年と原辰徳氏と同期。
また80年は巨人にとって長嶋茂雄監督が退任、王貞治氏の現役引退とエポックメイキングな年だったことも振り返りながら、驚愕した後輩の存在にも触れた。
自身は当初、投手として入団。投手としての活躍に限界を感じ、すぐに野手に転向が認められたものの、プロ2年目までは1軍出場なしと不振の時期も長かったとした。
そしてそこに入団してきたのは1期下の吉村禎章氏だったとした。
吉村氏はPL学園から81年のドラフト3位で巨人に入団すると1年目の夏に1軍デビューを飾り、2年目には3打席連続アーチを放つなど84試合に出場、打率.326、5本塁打を記録。頭角を現す。
卓越したバットコントロールと長打力で球界を席巻。早熟の“天才打者”ともいわれた吉村氏をルーキー時代から間近で見ていたとあって「こういうやつがプロに入るんだよなと思いましたね、こういうやつがジャイアンツに入るんだよ」と駒田氏は驚愕の思いを持って見つめていたと明かした。
当時は、月に1回、定期的に成績が張り出されたとして、駒田氏は2軍の打率.226だったところを吉村氏は「3割6分台」とルーキーイヤーから圧巻のパフォーマンス、才能が目立ったとした。
1期上には岡崎郁氏が在籍したといい、当時の会話を振り返った。「3年ぐらいはプロに置いてくれるだろうけど、まだ2年目だけど、岡崎さん、やばいんじゃないの?俺たち…」と下からの猛烈な突き上げを感じたとした。
才能ある後輩に囲まれ、プロの世界に危機感を覚えたという駒田氏もその後はプロ3年目にあたる1983年4月の大洋戦で史上初となる、初打席で満塁本塁打と球史に残る鮮烈なデビューを飾り、巨人で活躍。1993年にFA権を行使、横浜ベイスターズ(現DeNA)に移籍後の日本一にも大きく貢献した。
[文/構成:ココカラネクスト編集部]
【関連記事】「1番はキャッチャーじゃないかと」則本移籍に伴う巨人の人的補償はどうなる?球界OBの考察 注目のベテラン、捕手枠「山瀬が外れたら…」
【関連記事】「阿部監督も今季は背水の陣」巨人に則本加入で若手の活躍場所はどうなる? 近鉄OB佐野慈紀氏の考察「まだまだ若手が台頭するような状況ではない」新コーチの存在にも着目