今回の箱根駅伝を象徴する走りを見せた青学大・黒田朝日 photo by Kyodo News前編:渡辺康幸が振り返る第1…

今回の箱根駅伝を象徴する走りを見せた青学大・黒田朝日 photo by Kyodo News
前編:渡辺康幸が振り返る第102回(2026年)箱根駅伝
青山学院大が史上初の2度目の3連覇、ここ12大会で9度目の総合優勝で幕を閉じた第102回箱根駅伝。打倒・青学大を目標にしてきたライバル校も往路で競り合いを演じたが、5区・黒田朝日(4年)の歴史に残る走りで主導権を握ると、その後は「やはり青学大」という結果となった。
2016年から箱根駅伝の第1中継車のテレビ解説を務める渡辺康幸氏(住友電工陸上競技部監督)の目には、どのような大会と映ったのか。まずは青学大について振り返ってもらった。
【戦前の青学大優勝のシナリオは「復路逆転」】
今回の箱根駅伝を振り返ると、多くの人が「黒田朝日の大会だった」と感じたのではないでしょうか。結果だけを見れば、その印象は間違っていません。ただ、青山学院大だけが最初から抜けた存在だったわけではなく、各大学がそれぞれのアクシデントや不安要素を抱えながら頂点を目指していました。
今年度の三大駅伝が始まる前は、例年以上に戦力が拮抗しており、どの大会も優勝校が読めない状況でした。私自身も出雲駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝とそれぞれ異なる大学が勝つ可能性があるという予想もしていました。結果的に青学大が大会記録を大幅に更新して総合優勝を果たしましたが、「大接戦になる」という見立て自体は、決して的外れではなかったと思います。そうした拮抗状況のなかで、最終的に流れを決定づけた存在が黒田朝日選手でした。
ただ、5区に至るまでの往路の展開は、例年以上に主導権が激しく入れ替わるものでした。そうしたなかで、青学大が往路優勝を果たしたこと自体、戦前の評価からすれば「想定外」に近かったと思います。というのも、5区、6区の山のスペシャリストが卒業し、往路で決定的な優位を築けるかどうかは未知数だったからです。原晋監督自身も、総合優勝を狙うにしても、現実的なシナリオは「復路逆転」だったのではないでしょうか。しかも中央大、早稲田大をはじめ、往路に強い選手がライバル校に揃っていました。
【黒田朝日の衝撃走とランナーとしての資質】
その流れを、黒田選手がひっくり返しました。区間記録を1分55秒更新する1時間07分16秒は、そう簡単に破られる水準の記録ではありません。青学大は往路優勝を勝ち取り、想定よりもかなり早い段階でレースの主導権を自分たちのものにしてしまった。この時点で、青学大は"いつもの流れ"に持ち込むことができたのだと思います。圧巻というしかないでしょう。
黒田朝日という選手の特異性は、やはり2区と5区という性質の異なる区間で、決定的な影響力を持てる点にあります。平成以降を振り返っても、2区と5区の両方で区間賞を獲った選手は、現在の中大・藤原正和監督以外いません。それだけに、長年指導に当たってきた原監督が、黒田選手を「作品」とまで評した理由も理解できます。
そもそも2区と5区で求められる能力は大きく異なります。2区はスピードとレースマネジメント、5区は登坂適性と我慢強さが問われる区間です。本戦への準備の仕方も身体の使い方も違う。その両方で結果を出すことは至難です。その意味では、長距離界全体を見渡しても、何十年にひとり出てくるかどうかの存在だと言えるでしょう。逆に言えば、2区と5区で成功できる選手だからこそ、マラソンでも成功する。藤原監督の現役時代もそうでしたし、黒田選手も同じ道を歩もうとしています。
決して、体格に恵まれているわけではありません。それでも10000mのスピードがあり、駅伝で安定して走れ、マラソンでも結果を出せる。トラックもロードも高いレベルで両立できる選手です。そして何より、期待やプレッシャーを力に変えられるメンタルの強さがある。それに故障がない。どんな状況でも冷静で性格も非常に安定していて、指導者から見ても手のかからないタイプだと思います。
これだけのすごい選手ですから、どのチームに進んでも一定以上は伸びたでしょう。ただ、青学大のメソッドと黒田選手の資質が、これ以上ないほど噛み合った。その相乗効果が、今大会の走りにつながったと感じています。彼のマラソンの自己ベストは2時間06分05秒。原監督も話しているように、卒業後はマラソンでさらに高いレベルを突き詰めていくことになるでしょう。
【4区・平松が「影のMVP」となる周到な区間配置】
青学大全体に目を向けると、区間配置の巧みさも際立っていました。多くの方々の予想、また指導者の一般的な考え方としては、黒田選手は2区に置くのがセオリーです。早い段階で主導権を握り、3区以降、優位にレースを進められる。青学大は3区でも無類の強さを発揮してきたので、そこで自分たちの流れに持ち込み、今回初めて5区、6区を走る選手に繋げていくという青写真になるのです。実際、エントリー発表前後のコメントや雰囲気も、周囲には「2区・黒田」を強く意識させるものでした。
しかし実際には、かなり早い段階から黒田選手の5区起用は決まっていたと聞いています。そして12月中旬には、その構想が確定した。2区起用を匂わせていたのは、結果的にはライバル校やメディアに対する駆け引きだったのでしょう。
私の推測ですが、エントリー16人が発表された12月10日以降、飯田翔大選手や小河原陽琉選手(共に2年)、宇多川瞬矢選手(4年)の仕上がりがよく、往路での起用に目処が立ったことで、その時点で黒田選手の5区が確定したのではないでしょうか。ただ、12月31日に1区を予定していた荒巻朋熙選手(4年)が胃腸炎になり、当初4区を予定していた小河原選手を1区に持っていき、出走予定のなかった平松享祐選手(3年)を4区に起用することになりました。
その平松選手が、初の箱根で今大会の「影のMVP」と言える快走を見せてくれました。12月31日に出走がないことを告げられ、ほとんど眠れないまま元日を迎え、突然、4区を走ることを伝えられた。普通ならうまくいきません。私自身、早大監督時代に同じような経験をしていますが、結果は出ませんでした。それだけに、この走りの価値は、現場を知る人間ほどよくわかるはずです。しかも実際のレースでは原監督から「抑えていくように」という指示を受けていたのに、体が動いていたからか、自分の判断でペースを上げていった。この走りがなければ、往路優勝はなかったかもしれません。
区間3位、1時間00分45秒。黒田選手が崩れる可能性がゼロではないなかで、4区で流れを安定させた意味は非常に大きかった。そしてこの走りは、今大会だけでなく、これまで箱根経験者のいなかった青学大の3年生世代にとっても大きな自信になった。
スターだけでなく、こうした「想定外を支えられる選手層」があったことこそ、青学が他校と一線を画した最大の理由だったのではないでしょうか。
【勝つためのサイクルが確立している青学大メソッド】
復路も見事でした。6区の石川浩輝選手(1年)は野村昭夢選手(現・住友電工)が保持している区間記録と同等のタイムで走れる目処が立っていたとのことで、想定は57分20秒。結果はそれを5秒上回る記録でしたから、期待どおりの走りだったと思います。1年生の起用は往路復路問わず難しい判断になりますが、山上り候補だった1年生を起用しなかった点も含め、そのあたりは原監督の長年の勘が働いたのでしょう。
7区以降も文句なしでした。復路スタート前の芦ノ湖で原監督とお話しした時、「(今回走らなかった)中村海斗、鳥井健太(共に3年)もいい状態なので、何があっても心配はしていない」とかなり自信を持って話されていたので、その言葉を聞いてピクニックラン(後続に差をつけた状態での単独走)になるのかと感じました。
結果として、これまでの青学大の勝ちパターンが再現されたわけですが、本来、往路優勝したチームが、そのまま復路でも崩れずに走りきるのは簡単なことではありません。特に今回の青学大は、往路に比べて経験値の高い選手ばかりというわけではなかった。それでも大きな乱れがなかったのは、チームとしての設計図が明確だったからだと思います。区間ごとに「攻める」「耐える」というラインがはっきりしており、選手たちもそれを理解したうえで走った。このあたりに、原監督の経験とチーム全体の成熟度を感じました。
青学大は、入学後に選手を伸ばす仕組みを確立しています。その積み重ねが、今回の圧勝につながったのだと思います。
ここまでいろいろ振り返ってみて、毎年この時期に同じようなことを話していることが思い出されます。「来季の青学大は厳しい」「他校が有力だ」という予想を繰り返すなか、結果として青学大が勝っている。これがどれくらいすごいことなのか、あらためて感じています。
高校の有望な選手をかき集めれば、1回や2回くらいは勝てるかもしれません。ただ、長い目で見た時、特に青学大は1年生で無理に結果を求めず、2、3年目から花開いていけばいいという考えを実践できるサイクルが出来上がっています。だから、即戦力を毎年獲得する必要がない。入学後にしっかり育成し、それを10年近く継続できている点こそが、青学大の最大の強さでもあると思います。
後編につづく〉〉〉力は拮抗も打倒・青学大を果たせなかったライバル校) その差は?
⚫︎プロフィール
渡辺康幸(わたなべ・やすゆき)/1973年6月8日生まれ、千葉県出身。市立船橋高-早稲田大-エスビー食品。大学時代は箱根駅伝をはじめ学生三大駅伝、トラックのトップレベルのランナーとして活躍。大学4年時の1995年イェーテボリ世界選手権1万m出場、福岡ユニバーシアードでは10000mで優勝を果たし、実業団1年目の96年にはアトランタ五輪10000m代表に選ばれた。現役引退後、2004年に早大駅伝監督に就任すると、大迫傑が入学した10年度には史上3校目となる大学駅伝三冠を達成。15年4月からは住友電工陸上競技部監督を務める。学生駅伝のテレビ解説、箱根駅伝の中継車解説でもおなじみで、幅広い人脈を生かした情報力、わかりやすく的確な表現力に定評がある。