米野球殿堂は20日(日本時間21日)、今年の野球殿堂入り選手を発表し、ブレーブスで10年連続ゴールドグラブ賞を獲得し、1…
米野球殿堂は20日(日本時間21日)、今年の野球殿堂入り選手を発表し、ブレーブスで10年連続ゴールドグラブ賞を獲得し、13、14年に楽天に所属したアンドリュー・ジョーンズ氏(48)が選出された。楽天の初日本一に貢献した強打者が、日本プロ野球経験者では4人目の栄誉を輝いた。通算435本塁打のカルロス・ベルトラン氏(48)も選出。表彰式典は7月26日にニューヨーク州クーパーズタウンで行われる。
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A・Jが78・4%の票を集め、9年目に殿堂入りを決めた。資格取得1年目はわずか7・3%の得票率。最終的に殿堂入りした選手の初回投票率では最低で「投票用紙から外れる寸前でした。7%からスタートして殿堂入りできたことは、大きな名誉です」と、ついにつかんだ栄誉を喜んだ。
外野手で10年連続ゴールドグラブ賞は、クレメンテとメイズの12回に次ぐ3位タイの記録だ。生前のウイリー・メイズから「史上最高の中堅手だ」と声をかけられたが「彼こそが史上最高の中堅手。その彼からそう言ってもらえたことは大きな名誉だった。心に刻んだ」。誇りを持って、ポジションに就いていた。
キュラソー島出身者で初の殿堂入りとなったが、世間に初めて注目されたのは、ワールドシリーズでの衝撃デビューだった。96年の第1戦。マントルの記録を塗り替える、史上最年少の19歳5カ月で本塁打を放つと、そのまま2打席連続。初打席から2打席連発は史上2人目の快挙だった。守備だけでなく、メジャー通算434本塁打の強打で、黄金期のブレーブス打線を支えた。
13年に来日し、マギーとともに4番として楽天に初の日本一をもたらした。「毎日楽しめた。キャリアでのハイライトだった」。焼き肉を好むなど、日本食になじんだ。殿堂入りの投票発表日は例年、すし屋で結果を待っていたほどだ。
同姓のチッパー・ジョーンズやマダックス、スモルツ、グラビンら、ブ軍の黄金期を支えた面々は既に殿堂入りしている。「彼らと同じ壇上でレガシーを共有する機会を得た」。7月の再会を楽しみにしていた。
◆米野球殿堂 米大リーグを10年以上経験し、現役引退後5年を経過した者が殿堂入りの対象。毎年1月と2月に2回選考される。原則として全米野球記者協会に10年以上在籍している記者の投票によって決められる。第1回選考は1936年でベーブ・ルース、タイ・カッブら5人が殿堂入り。事前に候補者は発表され、記者投票で75%以上の得票数が必要。354人が殿堂入り、内訳は選手281人、監督23人、審判10人、球界功労者40人。日本人ではイチロー氏のみ。殿堂博物館はニューヨークの北西、野球発祥の地クーパーズタウンにある。
◆4人目 MLBと日本のプロ野球(NPB)の両方でプレーし、米野球殿堂入りした選手は、ジョーンズが4人目となる。1998年に殿堂入りしたラリー・ドビーは、インディアンスなどで本塁打王2度、62年に中日で10本塁打。2008年殿堂入りのリッチ・ゴセージはヤンキースなどでセーブ王3度の通算310セーブで、90年にダイエーで8セーブ。イチローは日本で1278安打、メジャーで3089安打を記録し、資格1年目の昨年、満票に1票足りない得票率99.7%で殿堂入りした。
◆アンドリュー・ジョーンズ 1977年4月23日生まれ、オランダ領キュラソー出身。96年にブレーブスでメジャーデビュー。98年から10年連続で外野手としてゴールドグラブ賞を獲得し、05年に51本塁打、128打点でナ・リーグ2冠。楽天では日本一に輝いた13年から2年間プレーし、計281試合で215安打、打率2割3分2厘、50本塁打、165打点。メジャー通算は2196試合で1933安打、打率2割5分4厘、434本塁打、1289打点。185センチ、102キロ。右投げ右打ち。
○…ベルトラン氏は、4度目の挑戦で殿堂入り。「野球の世界に戻ってみると、人々や選手たちから今も愛情を受け取っている」と感謝を述べた。400本塁打&300盗塁&500二塁打は、メイズ、ボンズら史上5人しかいない。成績からすれば当然の殿堂入りなのだが、アストロズ時代のサイン盗みが影響し、ここまで得票が伸び悩んでいた。「自分が向き合っていかなければならない物語であることは理解している」と話した。
◆カルロス・ベルトラン 1977年4月24日生まれ、プエルトリコ出身。98年にロイヤルズでメジャーデビューし、99年にア・リーグ新人王を獲得。両打ちの強打者としてメッツやヤンキースなどでプレーした。オールスター戦には9度選出、06年から3年連続ゴールドグラブ賞。通算成績は2586試合で2725安打、打率2割7分9厘、435本塁打、1587打点、312盗塁。185センチ、97キロ。右投げ両打ち。