「中山巧者」と聞いて、多くのファンから名前が挙がるのはマツリダゴッホではないだろうか。07年の有馬記念など、全10勝…
「中山巧者」と聞いて、多くのファンから名前が挙がるのはマツリダゴッホではないだろうか。07年の有馬記念など、全10勝中8勝を中山で挙げた個性派。そんな彼が重賞初制覇を果たした07年のアメリカジョッキークラブカップを振り返る。
マツリダゴッホは父サンデーサイレンス、母ペイパーレイン、母の父Bel Bolideの血統。05年8月に美浦・国枝栄厩舎からデビュー。新馬を1秒1差で圧勝したものの、世代限定重賞では結果を残すことができず、クラシックには縁がなかった。それでも3歳末のクリスマスCを快勝してオープン入り。年が明けて4歳初戦に選ばれたのが07年のAJCCだった。
インティライミに次いで単勝3.2倍の2番人気に推された一戦、マツリダゴッホは圧巻のパフォーマンスを見せた。道中は4番手を追走。向正面では大逃げを打ったインティライミと10馬身以上の差があったが、横山典弘騎手は冷静だった。勝負所でジワッと押し上げて2番手に上がると、4角で並ぶ間もなくライバルを交わして先頭へ。そこからは完全にワンサイドゲームだった。グングンと後続を突き放し、最後は流す余裕を見せて、2着のインテレットに5馬身差の圧勝。芝中距離路線に新星誕生と思わせたのだった。
その後のマツリダゴッホの活躍ぶりは、中山巧者と呼ぶにふさわしいものだった。同年の有馬記念では9番人気の低評価を覆してGI初制覇。オールカマーを3連覇するなど、多くのファンに鮮烈な印象を残した。種牡馬としても多くの活躍馬を送り出し、23年を最後に引退。現在は生まれ故郷の岡田スタッドで余生を過ごしている。