00年代の芝中長距離戦線を語る上で、どうしても欠かせない名バイプレーヤーがシルクフェイマスである。04年に日経新春杯…
00年代の芝中長距離戦線を語る上で、どうしても欠かせない名バイプレーヤーがシルクフェイマスである。04年に日経新春杯と京都記念を連勝。GIでも好勝負を続けたが、一時はスランプに。「もう終わった馬なのか…」。多くのファンがそう諦める中、鮮やかに復活して3つ目のタイトル獲得となった06年のAJCCを振り返る。
シルクフェイマスは父マーベラスサンデー、母セイントセーラ、母の父Caerleonの血統。早田牧場の生産馬が中心だった頃の(有)シルクの所有馬だった。02年に栗東・鮫島一歩厩舎からデビュー。下級条件で惜敗が続いた時期もあったが、03年夏から破竹の5連勝で日経新春杯、京都記念を制覇。その後も天皇賞(春)で3着、宝塚記念で2着、有馬記念で3着に健闘するなど、古馬の王道を歩んだ。ただ、05年以降は大敗が目立つようになり、人気も低迷。そんな中で迎えた一戦が06年のAJCCだった。
鞍上に初コンビとなる柴田善臣騎手を迎え、シルクフェイマスはレースを引っ張った。五分のスタートから馬なりでハナへ。後続のマークは薄く、2番手のフサイチアウステル以下を引き離す形となったが、それでいて前半1000mは61秒3のスローペース。こうなると簡単には止まらない。4角からジワッと加速すると、ゴール前の急坂を上がってもうひと踏ん張り。迫るフサイチアウステルをクビ差凌いで押し切り、約1年11カ月ぶりとなる3つ目のタイトル獲得となったのだった。
結果的にこれが最後の勝利となったシルクフェイマスだが、その後も息長く走った。ラストランとなった09年の天皇賞(春)まで実に43戦を戦い抜き、重賞3勝を含む9勝。種牡馬としても少ない産駒の中から、オープンまで出世したフェイマスエンドを送り出した。残念ながら24年4月に天国に旅立ったが、その雄姿は多くのファンの記憶に残り続けるに違いない。