1月16日、WBC日本代表の11名が追加発表され、計19名が決定しました。2大会連続選出となった大谷 翔平選手(ドジャー…
1月16日、WBC日本代表の11名が追加発表され、計19名が決定しました。2大会連続選出となった大谷 翔平選手(ドジャース)は高校時代から将来、国際大会で活躍する予感が漂っていましたが、高校時代、大学時代からは想像できないほど、実力を高めた選手たちが3名います。今回は3名のアマチュア時代を振り返っていきたいと思います。
高校、大学のチームメイトはスター選手ばかりも高い守備力で阪神の正捕手となった坂本誠志郎
まず阪神・坂本 誠志郎捕手、オリックス・若月 健矢捕手です。坂本選手は履正社時代、明治大時代、チームメイトにスターがいました。
高校時代の1学年上は山田 哲人内野手(ヤクルト)、同期には明治大でも同期になる石井 元内野手(元ホンダ熊本)、海部 大斗外野手がいました。石井選手は強打の三塁手、海部選手は走攻守三拍子揃ったセンターとしてスカウトから高評価されていました。
明治大でも当時の大学生NO.1外野手・髙山 俊内野手(元オイシックス)、上原 健太投手(日本ハム)がいて、坂本選手は高校、大学でも脇役という立ち位置でした。
当時から高いキャッチング能力、巧みなインサイドワークだけではなく、投手とコミュニケーションをうまく取り、持ち味を引き出せる好捕手でした。
ただ東京六大学通算96試合、294打数68安打、打率.231、3本塁打38打点と突出した打撃成績ではありません。坂本選手の高いディフェンス力、明治大、大学日本代表でも主将を務めるなど実直な人柄は野球関係者から評価されており、社会人野球で長く続けるタイプかなと思っていました。その坂本選手を全面的に評価したのが阪神でした。15年のドラフトで2位指名を受け、髙山選手、上原投手とともにプロ入りを叶えました。
そんな坂本選手は不動の正捕手というわけではありませんが、プロ入りした16年から25年まですべて一軍出場を経験。高いフレーミング能力は多くの投手から絶賛される武器となりました。昨シーズンは117試合出場、2本塁打、27打点、打率.247とキャリアハイの成績を叩き出し、優勝に貢献。村上頌樹投手とともに最優秀バッテリーを受賞しました。
昨年11月、侍ジャパンのトップチームに選ばれ、井端弘和監督の信頼を集め、今回の代表選出にいたりました。坂本選手は阪神に入ったからこそ日本代表までになれた捕手だと思います。
世代屈指の捕手を追いかけながら、パ・リーグ屈指の捕手へ成長した若月健矢
若月選手は、高校3年生の時に高校日本代表にも選ばれ、能力は高いものはありました。
それ以上に凄い選手が同世代にいました。それが大阪桐蔭・森 友哉捕手(オリックス)です。当時の森選手の技術は同世代の高校生野手たちと比べても抜きん出たものがありました。
若月選手は、当時から肩はすごかったですし、打撃についても、鋭いライナーを連発していて、さすがプロ注目選手だと思いましたが、ミートセンスが課題で空振りも多い選手でした。花咲徳栄の関係者と若月選手についての話を聞いた時、入学当時は空振りも多い選手だったと聞きました。
森選手は天才的な打撃センスで、高卒1年目から41試合で6本塁打、2年目には17本塁打、高卒6年目には23本塁打、打率.329で首位打者を獲得し、2度のリーグ優勝に貢献するなど順調に実績を残す中、若月選手の一軍出場は3年目から。19年には138試合出場しますが、打率.178と打撃面で苦しんでいました。
それでも地道に守備技術、打撃技術を磨いて、22年には68試合ながら、4本塁打、打率.281と打撃面で向上し、パ・リーグ2連覇に貢献。23年も自己最多の6本塁打を記録し、パ・リーグ3連覇。大エース・山本由伸投手とのバッテリーは息ぴったりでした。
そして25年は121試合、6本塁打、31打点、打率.272とキャリアハイの成績を残し、さらに捕逸がわずか2と、高いブロッキング能力を評価され、ゴールデングラブ賞を受賞しました。不器用でもじっくりと技術を磨きながら、遅咲きでWBC代表を掴みとりました。
自慢の俊足を磨いて、プロ入り、そしてWBC代表となった周東佑京
3人目はソフトバンクの周東 佑京外野手です。23年に続き、2大会連続での選出です。彼の姿は東農大北海道オホーツク時代、明治神宮大会で見ていました。
当時から足がとても速い選手という印象でしたが、この時は侍ジャパンのトップチームで活躍するイメージはありませんでした。ただ、周東選手の素質を高く評価していたのが大学時代の恩師である樋越勉監督でした。監督は周東選手を最初に見た時の印象をこう振り返ります。
「東農大一(東京)、東農大二、東農大三(埼玉)の定期戦を大学野球部のグラウンドでやっていて、そこで初めて見ました。彼の足の速さは高校時代から知れ渡っていました。本人はプロに行けると思っていなかったようですが、彼自身が自分の持っている力、素質に気付いていなかったので、野球をどこまで突き詰めるのかという話をして、プロを目指すことになりました」
走り打ちだった打撃フォームを矯正させ、しっかりと打つ打撃フォームに改良し、最終学年では主将に就任。樋越監督は「彼に自覚をもたせるため。チームを引っ張ってもらうためにキャプテンをやらせました」ときっかけを語ります。
課題だった打撃が磨かれ、3年春からリーグ戦で3季連続打率.350以上をマークし、12球団から注目を浴びる選手となりました。その中で最も目をかけていたのがソフトバンク。大学2年生の時から熱心にマークしていたようです。
17年ドラフトでは育成2位指名を受け、2年目の19年に支配下登録となり、一軍でプレー。いきなり102試合で25盗塁。打率は1割台でしたが、この俊足ぶりが評価され、19年のプレミア12に選出されました。そして樋越監督は19年のオフに周東選手と再会した時、「本人に話をしたのは、まだ本当のレギュラーではないから、ポジションを掴まないとプロ野球選手ではない。代走だけで買われているだけでは駄目だよ。ポジションを取りなさい」と激励したといいます。
今では通算688試合、230盗塁を記録し、ソフトバンクのレギュラーを掴みとりました。現在の年俸は1億1000万円と年俸400万円からスタートしたルーキーイヤーから大きく昇給しました。
3人を振り返ると、それぞれの特徴をしっかりと伸ばし、超一流の選手へ上り詰めています。坂本選手はプロの投手から信頼を受けるキャッチング、若月選手は常時150キロ、フォーク全盛の時代でも後ろに逸らさないブロッキング、周東選手は抜きん出た脚力を最大限に活かす走塁技術を身に着けました。
この3人がWBCの舞台で活躍することを願っています。