オリックスは阪神・淡路大震災から31年を迎えた17日、大阪・杉本商事バファローズスタジアム舞洲で黙とうを行った。球団フロ…

オリックスは阪神・淡路大震災から31年を迎えた17日、大阪・杉本商事バファローズスタジアム舞洲で黙とうを行った。球団フロント、選手、スタッフら約30人が神戸の方角を向き、正午から1分間黙とう。犠牲者に哀悼の意を示した。

神戸に拠点を置いていた95年、「がんばろうKOBE」をスローガンに掲げてリーグ優勝を果たした。現在は本拠地を大阪に移したとはいえ、球団にとって神戸は特別な場所だ。

今年1月に就任した馬殿太郎社長(59)は当時、オリックス株式会社の松山支店で勤務していた。実家は兵庫県・宝塚市にある。家族、親族は無事ながら、知人が亡くなった。「大学のクラブの1つ下の後輩が、家屋倒壊で亡くなりまして…。一分間、彼の顔がずっと浮かんでいた」。黙とうの間、甲南大学硬式テニス部の1年後輩の顔が脳裏に浮かんだという。

松山から関西へ、何度もポリタンクに水を入れて運んだことも思い出した。時は流れ、オリックス球団社長に就任。神戸支店で働いた経験もある。神戸への思い入れは強い。「気持ちと気持ちが結びついている地域。オリックスバファローズに対する思いをいただいている地域。これからも恩返しできるように強いチームを作っていきたいと思っています」。当時のオリックスは復興の象徴だった。スポーツの力が大きいことを示した。支えてくれるファンと喜びを分かち合うため、強いチームを作り上げる。