野球殿堂博物館は15日、今年の殿堂入りメンバーを発表し、エキスパート表彰で栗山英樹氏(64=日本ハムCBO)が選ばれた。…
野球殿堂博物館は15日、今年の殿堂入りメンバーを発表し、エキスパート表彰で栗山英樹氏(64=日本ハムCBO)が選ばれた。プレーヤー表彰、特別表彰は選出者がなく、今年は栗山氏が唯一の選出。通知式には前巨人監督の原辰徳氏(67)も同席し、栗山氏を祝福した。
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限界をぶっ壊させるように持ちかけるのが、栗山イズムだ。日本ハム監督時代は、批判を受けながら、大谷翔平の投打二刀流を続けさせた。昨季、大谷が二刀流を復活させてワールドシリーズ連覇を成し遂げた際は「まだまだです。まだまだいきましょう」と、さらなる成長を期待した。誰もが見たことがない、夢のまた夢を呼びかけてきた。
新たな“種”もまいている。日本ハムCBOとして24年ドラフト1位で獲得した柴田獅子は昨年8月、ロッテとの2軍戦で“大谷ルール”適用後、NPB初のリアル二刀流に臨んだ。投打で才能を秘める25年育成ドラフト2位の横山永遠には、入団会見で「本気で大谷翔平を超えて」とゲキを飛ばし、横山は新人合同自主トレ初日の7日から、育成選手として異例の二刀流調整をスタートさせた。
巣立った教え子に、愛を贈り続けることも忘れない。ヤクルトを戦力外になり現役引退を覚悟した西川遥輝から「助けて下さい」と言われれば「まだ西川遥輝を出し尽くしていない」と再獲得に動いた。まだやれる、もっとやれる。ひと言でその気にさせる魔法の言葉を、持っている。【日本ハム担当 永野高輔】
◆栗山英樹(くりやま・ひでき)1961年(昭36)4月26日、東京都生まれ。創価高-東京学芸大。83年ドラフト外でヤクルト入団。プロ1年目の秋に両打ち転向、3年目に打率3割。89年に外野手でゴールデングラブ賞。通算494試合、336安打、7本塁打、67打点、打率2割7分9厘。90年に引退後はスポーツキャスター、大学教授などを務め、12年から日本ハム監督。12年リーグ優勝、16年日本一。監督通算684勝は日本ハム最多。21年11月、日本代表監督に就任。23年3月、WBC優勝。現役時は174センチ、72キロ。右投げ両打ち。
◆16年の日本シリーズ 日本ハム栗山監督と広島緒方監督が対戦。マツダスタジアムで開幕し、ホームの広島が連勝発進。札幌ドームに移した第3戦は延長10回に大谷がサヨナラ打。第4戦は8回にレアードの決勝2ラン。第5戦は9回に西川のサヨナラ満塁弾が飛び出し、日本ハムが3連勝で王手をかけた。マツダスタジアムに戻っての第6戦は1回に日本ハムが先制。2回に守備の乱れから逆転を許すも、4回に2点を加えて勝ち越し。8回には投手のバースが適時安打。続くレアードが満塁弾を放ち試合を決定づけた。最後は谷元が9回を締め、4勝2敗で日本ハムが10年ぶりの頂点に。栗山監督が就任5年目で悲願の日本一に輝いた。シリーズMVPは3発7打点のレアード。
◆23年WBC 3大会ぶり3度目の優勝を目指す日本代表は1次ラウンドを4戦全勝で1位通過。続く準々決勝のイタリアにも勝利し、準決勝、決勝を戦うマイアミ行きを決めた。準決勝のメキシコ戦では村上の逆転サヨナラ打で劇的勝利。決勝戦の米国戦は2回表に先制を許すも、その裏に村上のソロとヌートバーの一ゴロで逆転した。3回以降は戸郷、高橋宏、伊藤、大勢、ダルビッシュとつなぎ、9回に大谷が登板。先頭に四球を出したが、続くベッツを二併、トラウトを空振り三振に抑えて試合を締めた。投打でチームをけん引した大谷がMVPを獲得。表彰式後は選手たちがマウンド付近に集まり、胴上げでは栗山監督が10度、宙を舞った。
★栗山氏年表
61年 4月26日、東京都小平市で生まれる。小学生時代に軟式野球を始め、中学時代には地元の硬式野球クラブに所属。
77年 憧れの原辰徳氏がいた東海大相模と迷った末、創価に進学。3年時は主将兼エースも、甲子園出場はなし。
80年 東学大に進学。小中高の教員免許取得。投手兼内野手で通算25勝8敗、打率3割9分5厘。
83年 元大毎でキャスターの佐々木信也氏の勧めで入団テストを受け、ドラフト外でヤクルト入団。
84年 10月8日大洋戦(神宮)で初出場。秋に両打ち転向。
86年 6月から外野のレギュラーを担い、規定未満ながら打率3割1厘。
88年 外野手に登録変更。ケガで出遅れるも、90試合で打率3割3分1厘。
89年 主にセンターを守り、ゴールデングラブ賞受賞。6月4日中日戦(神宮)で1試合4犠打のプロ野球タイ記録。
90年 右肘痛など体調を理由に現役引退。
91年 キャスターに転身し、テレビ朝日「スポーツフロンティア」でキャスターデビュー。
04年 白鴎大の助教授に就任。現在は休職中も、特任教授として在籍。
12年 日本ハム監督就任。指導歴なく就任も、いきなりリーグ優勝。オフのドラフトで大リーグ挑戦を明言していた花巻東・大谷翔平を1位指名。
16年 最大11・5ゲーム差を逆転してリーグV。広島との日本シリーズも制し、球団10年ぶり3度目の日本一。正力松太郎賞受賞。
21年 4月10日オリックス戦で大沢監督を抜く球団最多の監督通算632勝目。3年連続Bクラスとなり、オフに監督退任。12月に侍ジャパン監督就任。
23年 3月の第5回WBCで米国を破り3大会ぶり3度目の優勝。5月に退任。正力賞の特別賞受賞。
24年 日本ハムのチーフ・ベースボール・オフィサー就任。