「逆算力――“才能”に挑んだ高梨雄平の生存戦略」第2回「劣化コピー」から、コピー不可能な居場所を作った。社会人野球で戦力…

「逆算力――“才能”に挑んだ高梨雄平の生存戦略」第2回

「劣化コピー」から、コピー不可能な居場所を作った。社会人野球で戦力外寸前だった巨人・高梨雄平は、ドラフト9位からプロで生き残る道を選んだ。1年目、徹底したのは「評価する側は何を欲しがっているのか」を逆算し、初手で勝つための選択を重ねること。Full-Countのインタビューシリーズ「逆算力――“才能”に挑んだ高梨雄平の生存戦略」。第2回はプロ野球の定石に抗い、自らを「歯車」と定義した独自の戦略を追う。(取材・文=神原英彰)

 ドラフト4か月前のサイドスロー転向を機に、プロ入りの夢を掴んだ高梨。しかし、「プロの夢を掴んだ」という言葉より「なんとか拾われた」という表現の方が正しい。

 指名順位は楽天の9位。支配下87人中、下から数えると3番目。

 ドラフト1位なら契約金1億円がザラの世界で、高梨は年俸800万円、契約金2500万円。だが、金額以上に差が出るのは入団後の「待ってもらえる時間」だ。ドラ1なら高い投資を回収するために数年の猶予が与えられるが、下位にその保証はない。

「1年目の最初に可能性を見せられないと、当然2年目はチャンスなく、2年間で野球は終わり(戦力外)だろう、と」

 指名を受けた瞬間から、高梨は視線を「どう生き残るか」だけに向けた。球団の投手陣を見渡し、誰を超えれば立場を奪えるか。評価者は誰で、何を見ているか。その評価対象に挙がるためにどんなボールと準備が必要か。あらゆる要素をリサーチし、キャンプまでの3か月でやるべきことを3つ書き出した。

 1つ目は、サイドスローのフォーム固め。2つ目は、スライダーの精度向上。そして、3つ目が最も高梨らしい発想だった。

 それは、自分がコピーできそうな「完成形」を見つけること。

「自分の進むべき道の先にいる選手を劣化コピーすれば、劣化した分の成績が出る。理論上はそうなるだろうと考えました」。モデルにしたのが、中継ぎの主戦だった福山博之。横の変化で揺さぶる投球で、目指すスタイルの延長線上にいた。

 このベテラン右腕を“完成形”とし、中継ぎの4、5番手に食い込む――そう決めた。

「オープン戦は、実績のある投手は余力を残しながら投げる。でも、僕は全部見せる。『こういうことができます』と提示し、『いったん開幕1軍に入れてみよう』でOK。先のことは考えず“今日抑える”だけを徹底しました」

 一度でも打たれれば降格。綱渡りの毎日で生き残り、開幕1軍を掴んだ。中継ぎながら開幕1週間でルーキー12球団一番乗りの白星を挙げ、これ以上ない「可能性」を示した。

定説に抗う思想「極論、後出しでも勝てばいい」

 この戦略は、球界の定説に逆行する。

 多くの新人は「まず、自分の武器で勝負しなさい」と教えられる。高梨はそれを避けた。選んだのは「自分は何者か」ではなく「何を求められているか」を起点に考えること。

「みんなが“自分の発表会”をやっている間、僕は『こういうの欲しいですよね』と(評価者の)かゆいところに手を伸ばしていました」

 ドラフトは就職とは逆で、向こうから「君のここが凄い」「うちに来てくれ」と乞われて入っていく世界。だから、誰でもまずは自分の形をぶつけてみたくなる。

「でも、僕はグーでもチョキでもパーでも極論、後出しでも勝てばいい。“初手で勝つ”だけを念頭に置いて、戦略を練りました」

 指名順位からして「何か起きてからの判断ではクビを切られる方が早い」とも考えた。起こる前に起きた後を想定し、保険を打つ。その思考の原点は、早大1年春。入学直後、同級生の有原航平(現日本ハム)を見て衝撃を受けた。

「キャッチボールであんなに人の心を無自覚にボキボキと折っていく様を初めて見た」。埋められない才能の差を突き付けられ、組織内の「立ち回り」を考える癖がついた。

「僕は大学4年間で『1軍の壁』『失敗』『立て直し』といったプロ野球選手に似た体験をした。だから、根底で『スーパースターにはなれないだろうな』と思ってプロに入ってきた。確かにみんなスターに憧れるけど、それは他の人に任せる。こっちは球団のどんなピースとして動くかを考え、最初から歯車の一つとして生きる意識でした」

「葛藤がなかった」と言えば嘘になる。プロとして1年過ごすと、これから稼げる金額、出せる成績が「なんとなく見えてきた」という。

 早い段階で知ってしまった自分の天井。「あとは天井までの詰め将棋を戦略立てて実行していくだけ。ストレスはありましたよ。会社で言えば、偉い役職に就けないと分かっているのに、それを理解しながら進む感じ」。抗えない現実。それでも、やり抜けたのはなぜか。

 返ってきたのは、拍子抜けするほどシンプルな言葉。

「やっぱり野球が楽しいから。一番やりたい職業に就けている。これを手放すもんかって。有原のことは今も大好きだし、そういう人と同じ言語感で会話するには稼ぐしかない、と」

ドラ9から1億円プレーヤーに…成功要因は「運の具体化」

 逆算し、戦略を立て、実行する。そのサイクルを回し続け、1年目から46試合、防御率1.03の好成績。2年目に侍ジャパンも経験し、4年目の2020年にトレードで巨人へ。やがて一流選手の定義とされる年俸1億円を超え、通算登板数は449を数える。

 なぜドラフト9位からここまで来られたのか。

「記事に欲しいのは“こういう思考で動いていました”みたいなキャッチーな話ですよね。ただ、本当のところは運なんです」と申し訳なさそうに明かし、続けた。「運を具体化して、掴む準備はしていました」と。

「例えば、起用する側に回って考える。その場合、それを決めているのは誰か。監督、コーチ、GM、もっと偉い人……自分という商品をどこに刺さなければいけないのか。それを考えることも運の具体化。ただ、『起用』を考えただけだと、まだ粒が粗い。野球選手が掴まなければいけない運は、怪我をしないこともそう」

 言葉に、熱が帯びていく。

「よく言われる『怪我をしない体作りをする』とは何ぞや、と。とにかく深く突き詰めて考えた。気をつけるべきことを細かく出し、淡々と実行する。これも運の掴み方。誰もが『運は大事』と言うけど、それを額面通り受け取らなかった“シャニカマ(斜に構えた)な性格”が、僕をここまで連れてきたんじゃないですかね」

 運の具体化――これが高梨の生存戦略の深層だった。

「当時も今もこの思考は間違っていなかったと思う。でも、本当に言いたいことは結果を出してからでないと、誰も聞いてくれないですから」

「結果」を積み上げた今だから、語られる言葉は重く、強く、響く。

 2年でクビを覚悟した男は、今年でプロ10年目のシーズンを迎える。(神原英彰 / Hideaki Kanbara)