東京ヴェルディ・アカデミーの実態~プロで戦える選手が育つわけ(連載――藤枝MYFC加入3年目の2022年、J3で2位とな…

東京ヴェルディ・アカデミーの実態
~プロで戦える選手が育つわけ(連載

――藤枝MYFC加入3年目の2022年、J3で2位となり、J2昇格を果たしました。どんなシーズンでしたか。

横山暁之(以下、横山)充実感はめちゃくちゃありました。中学、高校、大学と、自分が努力した結果が形として表われるってことがそれまでなかったので、初めての経験でしたね。たぶん死ぬ時に思い出す出来事のひとつではありますね、確実に(笑)。

 一応最終節でJ2昇格が決定したんですけど、その前のホーム最終戦で福島(ユナイテッドFC)に勝って、(得失点差などの)状況的にほぼほぼ(昇格が)決まったんです。その試合で僕は2点取って、もう交代してベンチで試合終了の笛を聞いたんですけど、その瞬間に榎本啓吾(現モンテディオ山形)と抱き合って号泣しました。あれはもう忘れない。それくらいうれしかったです。

――J2昇格後、藤枝MYFCで1シーズンを過ごしたあと、一昨年ジェフユナイテッド千葉へと移籍しました。

横山 ジェフからのオファーをもらった時は何かこう......、オファーをもらえたうれしさよりも、まだ悔しい気持ちのほうが強くて。今までの自分のサッカー人生を見返してくると、悔しさが自分のモチベーションに変わってきたので、その時もこの悔しさを自分のなかに残したいっていう気持ちもあって、ジェフを選んだんですけど......。

――その悔しさの理由は?

横山 藤枝でJ2昇格が決まった年(2022年)の年末にワールドカップがあって、それを見ていた時、自分はすごく悔しかったんです。

 僕はその時、大学へあいさつに行くために金沢にいて、金沢のスポーツバーみたいなところでクロアチア戦を観戦していたんですけど、ふだんは絶対にJリーグを見ていないだろうっていうお客さんたちまで熱狂しているんですよ。その様子を見ていて、『ワールドカップ、やべぇ』みたいな。

 僕らは藤枝で須藤(大輔監督)さんと一緒に、見ている人たちを熱狂させるっていう思いでサッカーをやっていましたけど、ワールドカップはそれを実現できている。そこに出ている(日本代表の)彼らと自分の差は何なんだろうって。その時、『あっ、オレはここを目指していなかったな』って思ったんです。『ここを目指すべきだ。オレもワールドカップに出たい』って。

――それ以前にワールドカップを見ていても、同じような感情には......。

横山 ならなかったですね。自信がなかったんだと思います。

――裏を返せば、自信が出てきたから、そう思えた。

横山 確かに。J3で戦って、たかがJ3だとは思うんですけど、自信がついたのかもしれないです。

――そのためには、もっと上を目指さなければいけない、と。

横山 藤枝でJ2を戦っているなかでも、『次のワールドカップに出たい』っていう思いはずっとありました。そのためには、やっぱり海外にいなきゃいけない。4年後のワールドカップに選ばれる人たちは、もうチャンピオンズリーグに出るようなクラブでレギュラーになっているのが当たり前になるだろうからって。だからもう、藤枝で戦っている時から、ずっと『海外へ行きたい。海外へ行きたい』って思っていました。

 それは実際、今までかなえられてはいないんですけど、まずは『やっぱりJ1でやらなきゃいけない』という気持ちがあって、だから正直、千葉からオファーをもらった時は、『あぁ、J2か』と。そういう状況ではありました。

――ワールドカップに出たいという思いに変わりはありませんか。

横山 やっぱり日本代表は常に目指すべきだと思っています。自分の今後のキャリアとしては、そのためにやっぱり海外にも行かなきゃいけないし、行くだけじゃなく、海外で成果を残していかなきゃいけない。しっかりそこに基準を置いて、日々行動していけたらなって思っています。

(つづく)