智辯和歌山・中谷仁監督インタビュー(後編) 昨年のシーズン後、智辯和歌山から広島に進んだ小林樹斗(2020年ドラフト4位…
智辯和歌山・中谷仁監督インタビュー(後編)
昨年のシーズン後、智辯和歌山から広島に進んだ小林樹斗(2020年ドラフト4位)が戦力外通告を受けた。高校時代から150キロ超の速球を武器に注目を集めてきた剛腕だが、じつは中谷仁監督は当時、小林に進学を勧めていたという。
「当時、林晃汰(広島)がプロ入りしたことで、『自分たちも行けるのでは』という空気が生まれました。その翌年に黒川史陽(楽天)や東妻純平(DeNA)がプロ志望を表明し、さらに次の年には小林や細川凌平(日本ハム)が続いた。その流れに、中西聖輝(青山学院大→中日ドラフト1位)も少なからず影響を受けていたのだと思います」

智辯和歌山からドラフト1位で阪神に入団した経歴を持つ中谷仁監督
photo by Sawai Fumi
【進学を勧めたもうひとつの理由】
中西は、優勝を果たした夏の甲子園後もプロへの思いを捨て切れず、進学するかどうかで揺れていた。その年の甲子園決勝が行なわれたのは8月29日。青学大側には8月中に進学の可否を伝える必要があったが、中谷監督は中西の気持ちに寄り添いながらも、進学という選択肢を勧め続けていたという。
「中西はプロに行くために甲子園でも必死に頑張っていました。ただ、僕は『高卒でいきなりプロに進むのは、相当しんどいぞ』と、ずっと伝えていたんです。僕のなかで『高卒からプロで通用する』といえる基準は、松坂大輔(元西武など)や田中将大(巨人)クラスです。そのレベルでなければ、すぐに活躍するのは難しい。僕もプロの世界に長く身を置いてきましたので、その物差しで見れば、中西がすぐに活躍するのは厳しいと感じていました」
そして、進学を勧めたもうひとつの理由が、その年の世代で躍動していた県内のライバル・市和歌山の小園健太(DeNA)の存在だった。
「(バッテリーを組んでいた)松川(虎生/ロッテ)くんもドラフト1位でプロに進みましたが、小園くんは『間違いなくドラフト1位』と言われていました。彼らに負けないよう、中西も必死に努力していましたし、結果的に夏は小園くんに勝って甲子園に出場し、優勝も果たしました。ただ、それでも小園くんがドラフト1位で、中西が5位とかでプロに進むとなれば、本人としても納得できない部分があったと思うんです」
そう言って、中谷監督はこう続けた。
「もちろん、プロは入団してからが本当の勝負です。プロに入ること自体が目標なら、すぐにプロ志望届を出してもいい。ただ、そうではないのなら、小園くんの動向を見ながら大学でしっかり力を磨いたほうがいい。4年後に『絶対にドラフト1位で行ってやる』くらいの気持ちで取り組み、この選択が間違っていなかったと思えるような活躍をすればいいんです。『今は小園くんをうらやましく思うかもしれないけれど、大学の4年間は決して遠回りではない』、中西にはそんな話をしました」
【プロ入りの先にある現実】
プロ入りにはタイミングが重要だとも言われる。だが、その時点での本人の能力を指導者が正しく見極め、将来を見据えた進路の方向性を示していくことも、同じくらい重要ではないかと中谷監督は言う。
「高校からプロを志望する背景には、家庭の事情や経済的な理由で進学が難しいケースもあると思います。ただ、仮に高卒でプロに入り、7年ほどで戦力外となって社会に放り出されてしまうと、そこからが本当に大変です。
その後、結婚して20代半ばで子どもができれば、40歳前後にはその子は中学生になります。その時期はなにかとお金がかかる。40歳前後で、どんな職業に就いているのかが、とても重要になってくるんです。もし無職だったら......とか、子どもが高校生になる時期に安定した仕事がなかったとすれば、それこそ大きなリスクになりますよね」
とくに昨年は中西と同世代で、ドラフト1位で高卒からプロに進んだ森木大智(高知高→阪神)と風間球打(明桜高→ソフトバンク)のふたりが4年目で戦力外通告を受けた。
「当時、彼らは本当にすごい投手たちでした。ドラフト1位で指名されれば、マスコミにも大きく取り上げられる。それでも彼らは、前途多難な道だとわかったうえで覚悟を持ってプロ入りを決断したのだと思います。しかし、周囲からは『すごい、すごい』ともてはやされ、気づけば、ひっそりといなくなってしまう......そんな現実もあるんです。今でこそ独立リーグなどの選択肢もありますが、一度ユニホームに袖を通せば、それを脱ぐのは現役引退の時。そういう覚悟を持って臨むのがプロの世界なのだと、あらためて感じます」
智辯和歌山の昨春の選抜準優勝メンバーも、全員が進学予定だ。そのなかで中谷監督が最近、とくにうれしいと明かしているのが、卒業生たちが大学野球で活躍している姿だ。
「中西もそうですが、関東や関西圏の大学で活躍しているOBが増えてきました。主将や主力として活躍している選手はもちろんですが、高校時代は控えだった選手が、大学ではキャプテンや幹部になっている。それが何よりうれしいですね。
そうした姿を見ていると、高校3年間の"やらされる練習"が、いかに楽なものだったかを大学で学んでいるのだと感じます。だからこそ次のステージに進んでも、努力の仕方がわかっている。そんな流れができていると思います」
【1年でも長くユニホームを着るために】
別のケースとしては、2022年のエースだった武元一輝(現・MLBアスレチックスマイナー)がハワイ大へ進学したことが話題になった。武元も高卒からのプロを志望していたひとりだが、その特性を踏まえ、中谷監督が海外の大学進学を勧めたという。
「彼のレポートを見ていたら、日本の野球界ではなかなか理解されにくい資質があったんです。最速151キロを投げる187センチの長身右腕で、そのスケール感や性格面を踏まえると、海外の大学のほうがマッチするんじゃないかと思ったんです」
アメリカの大学は、日本に比べて学業優先の風潮が強く、学生であることをより重視している。英語の授業を受け、英語でレポートを提出しながら野球を続ける環境ではあるが、若いうちから世界に触れることで、より視野が広がるのではないかという狙いもあったという。
「彼がメジャーに行くのか、NPBに進むのかという話ではなく、彼の性格を生かして海外で学ぶことで、よさがより引き立ち、可能性も広がると思っています」
なにより中谷監督が最も願っているのは、智辯和歌山のOBたちが、1年でも長くユニホームを着てプレーすることだ。近年、進学志向が強まるなかでも、目先にとらわれることなく、長い目で見据えて努力してほしいと願っている。
「高校の時点で評価が高くなくても、大学の4年間をあきらめずに取り組めば、プロに挑戦する道は開けます。社会人野球もありますし、最近では独立リーグという選択肢もある。プロが最終目標だとは思っていませんが、1年でも長く野球を続けるのであれば、大学という環境のなかで自分を客観的に見つめ、将来を見据えて行動する思考を身につける必要があります。そのことを理解したうえで、次のステージを目指してほしいですね」