育成契約から支配下まで成り上がったフルプ。彼が語る巨人時代とは――(C)産経新聞社 客観的に見れば、大成したわけではなか…

育成契約から支配下まで成り上がったフルプ。彼が語る巨人時代とは――(C)産経新聞社

 客観的に見れば、大成したわけではなかった。しかし、世間の耳目を集めた日本での挑戦は、チェコ人スラッガーにとってかけがえのない財産となった。

「誰にも奪うことのできない経験だ」

【動画】佐々木朗希からの快打! 「チェコのジャッジ」フルプの打撃シーン

 そう、母国メディア『Milujeme Baseball』のインタビューで自らのNPBキャリアを振り返ったのは、昨年10月まで巨人に在籍していたマレク・フルプだ。2024年9月に育成契約を締結し、「チェコのジャッジ」の異名で、注目を集めた26歳だがしかし、わずか約1年半で自由契約の憂き目に遭った。

 巨人との契約前までは、米独立リーグのレイク・カントリー・ドックハウンズでプレーしていたフルプ。23年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)でブレイクを果たし、スカウトの目に留まっていたという東欧の大砲は、日本球界から舞い込んだオファーに「こんな話が来るとは思わなかった」と歓喜。育成契約にも「日本では外国人選手には限界があり、自分もいずれは数少ない一人になる」と覚悟を持って挑んだ。

 実際、ファームでの成績は上々だった。73試合に出場して、打率.273、4本塁打、31打点、長打率.406、OPS.736を記録。そして7月には支配下契約を獲得し、期待は高まった。ただ、出場2試合とチャンスの限られた1軍では、デビューから2試合目で左手有鈎骨骨折。スイングした際の不運なアクシデントに見舞われ、目立った成績は残せず……。本領を発揮する間もなかった。

 打率.000――。成果は上げられなかった。それでもフルプにとって日本での経験は、人生の糧となったという。『Milujeme Baseball』で「練習は長くてハードだった」と語った26歳は、こう明かしている。

「電車に乗るために毎朝6時には起きていたよ。僕は東京の中心部に住んでいたから、練習場に行くまでに1時間近くかかったんだ。それで7時半に朝食を取って、8時にはもうストレッチしていた。日本の練習は(アメリカに比べて)ハードだ。4日連続で練習して、1日休み。それを繰り返していく。初めて“ペッパー(トスバッティングとゴロ捕球を同時に行う練習)”もやったんだ。僕はやったことがなかったから、混乱して、彼らの頭の上に打ってしまったよ」

「驚きはなかった」――漏れた巨人との契約に対する本音

 練習において質と量を兼ねる日本野球の文化に、カルチャーショックはあった。それでも桑田真澄2軍監督(現オイシックス新潟アルビレックスBCチーフ・ベースボール・オフィサー)のサポートもあり、徐々にフルプは適応していった。

「彼(桑田監督)は、少しだけアメリカ的な考え方を持ち合わせていたんだ。どちらかというと量ではなく質を求めていた。だから、僕らがうまくやっているのを見ると、自由に放っておいてくれた」

 日本でプレーする手応えを掴みかけたからこそ、左手有鈎骨骨折というアクシデントは無念だった。当時を「手術からもっと早くプレーしたかったが、手が全く動かなかった」と回想するフルプは、「頭がおかしくなりそうだった。みんながプレーしているのに、自分は、ただただ見ているだけだから」と唇をかみしめるように語った。

 プレーできなければ、枠を空けるために居場所を追われるのは、助っ人の常とも言える。フルプも例に漏れずに自由契約となった。ただ、「基本的にプレーをしていない(外国人)選手は、彼らにとっては存在していないのと同じなんだと思う」と語りながらも、球団の決断に異論はないという。

「彼らからの通告は形式的なものだった。電話だったけど、僕に感謝を伝えてくれた上で、契約を更新しないことを教えてくれた。正直なところ、驚きはなかった。育成契約の外国人は、普通は1年間で実力を証明しなければならないからね。僕の場合は、怪我があって、チャンスを掴めなかった。

 だけど、僕は多くを学んだ。規律や仕事の仕方、新しいトレーニング方法などだ。人生において本当に素晴らしい学びの場だった。僕は世界最高の組織の一つがどのように機能しているかを目の当たりにしたんだ」

 では、今後はどのようなキャリアを歩んでいくつもりなのか。フルプは、自らの“構想”を迷いなく明かしている。

「僕は日本に戻りたい。別のリーグや組織でも構わないよ。日本のスタイルが僕には合っている。だけど、メキシコやアメリカに戻る可能性もある。1月か、2月になってから決まると思う。僕は辛抱強い方だ。トレーニングをし続けながら(オファーを)待っているよ。ただ、間違いなく(巨人での)経験は、将来的に必ず役立つと信じている」

 日本で得た唯一無二の経験をどう生かすのか。フルプが歩むキャリアの行く末を興味深く見守りたいところだ。

[文/構成:ココカラネクスト編集部]

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