【中谷が"打ち勝つ"道を選んだラウンド】「ジュント、そして"モンスター"イノウエがサウジアラビアでファイトした日は、俺の…

【中谷が"打ち勝つ"道を選んだラウンド】

「ジュント、そして"モンスター"イノウエがサウジアラビアでファイトした日は、俺の68回目のバースディだった。娘たちや孫に祝ってもらって、しこたまワインを飲んだ。なので、生放送は見逃しちまった。つい先ほど、試合映像を見終わったところさ」

 米国ペンシルバニア州ベンサレムに住む、元世界ヘビー級チャンピオンのティム・ウィザスプーンは、パソコン画面の向こうでそう言って微笑んだ。2025年12月29日のことである。前々日にリヤドで催された井上尚弥(大橋)vs.アラン・ピカソ(メキシコ)戦、そのセミファイナルに組み込まれた中谷潤人(M.T)vs.セバスチャン・エルナンデス(メキシコ)戦の感想を聞いた。



3ラウンドから相手との距離を近づけていった中谷(右)photo by Hiroaki Finito Yamaguchi

「まず、ジュントの立ち上がりだが、試合開始から左ストレートを思い切り打っていったのがよかった。自分の距離を保って左フック、ストレートからの右フック、そして顎へのアッパーという狙いも申し分ない。長いリーチを生かしていた。2ラウンドもエルナンデスの動きを観察していたし、強いパンチを打ち込んだあと、必ずサイドに回ってポジションを変えた。完璧なディフェンスだったな。

 3ラウンドに入って、ジュントは少し相手に接近した。打ち合って勝てると踏んだんだろう。左の打ち下ろしや顎へのアッパーをヒットしていたので、『倒してやろう!』と欲が出るのは当然だ。エルナンデスのフックをダッキングで躱(かわ)していたし、自信を深めたんだよ。ただ、一発、右ストレートを喰らった。ジュントは気が強いから、"打ち勝つ"道を選んだように見えた。4ラウンドは、さらにクロスレンジでの殴り合いとなった」

 中谷自身、「4ラウンド以降は相手のボクシングに付き合ってしまった」と、改善点を挙げている。

「フットワークを使ってのジャブよりも、足を止めてのアッパーが増えたな。言うまでもないが、『ぶっ倒してやる!』という気持ちはファイターにとって非常に重要だ。でも、ボクサーの明暗を分けるのはディフェンスさ。絶対に打たせちゃいけない。この4ラウンドあたりから、ジュントは防御よりも攻撃の意識が高くなった。さすがにパンチの芯は外していたが、ちょっともらった。ロープを背負うシーンも目についたね。

 5ラウンドはボディを攻めた。俺はこのジュントの意図を高く評価する。ボディを叩くには距離を詰めなければいけないが、打ち終わるとうまくサイドにステップしていた。時折ガードが下がるところが気にはなったが。

 6ラウンドは、メキシカンファイターが好む削り合いになったよな。相手をとことん消耗させる戦い方だ。ああいう展開になれば、よりいっそうディフェンスがカギになる。ジュントは多くのパンチを殺したが、被弾もした。決定打ではなかったがね。もっとフットワークで捌(さば)けばいいのに、と俺は思った。相手の望むボクシングで超越してやりたいっていうジュントのメンタルは、トップファイターならではのものだけどな」

【「ボクサーはダメージを受けちゃいけない」】

 しかしながら、終盤に向かってエルナンデスはギアを上げていく。打たれても打たれても前進するスタイルで20戦全勝18KOをマークしてきたメキシカンは、インファイトでこそ自身の持ち味を発揮した。

「7ラウンドは乱打戦になった。ジュントはもっとスピーディーに、かつ軽快にフットワークを使えるが、上、下と左右のアッパーで迎え撃った。エルナンデスは、序盤、まったく捕まえられなかったジュントに自分のパンチを当てられるようになったんだから、そりゃあエンジンがかかるよ。ジュントがロープを背負うシーンが、相手にポイントを与えてしまったな」



昨年の6月、ともにフィラデルフィアの街を回ったウィザスプーン(左)と中谷 photo by Soichi Hayashi Sr.

 この試合に向けたキャンプ中、中谷は得意とするアウトボクシングと並行し、インファイトでのスパーリングも数多くこなした。世界ランキング2位のラモン・カルデナスを相手にしたが、タフさではエルナンデスがカルデナスを大きく上回っていた。

「8ラウンドもアッパーの打ち合いが多かった。エルナンデスはようやく自分の距離になったから、とにかく手数で上回ろうと休むことなく攻め続けた。ジュントはステップを捨てて打ち合ったけれど、接近戦を制するのなら、クロスレンジでエルナンデスのパンチを殺すファイトをしなければいけない。9ラウンドはまさに、"Toe to Toe"での打ち合いだった。両者、相手の正面に立ってのパンチ交換だ。ジュントはハートの強さを十二分に見せた。どちらが相手の心を折るか、といった展開になった。

 ファンは打ち合いを望むし、見応えもあったけれど、ボクサーはダメージを受けちゃいけない。人生を棒に振ることになるからな。だからこそ、ディフェンスが大事なんだ。インファイトをするなら、リズムを取って体を揺らして的を絞らせないこと、肩でも腕でもグローブでも相手のパンチをブロックして喰らわないこと、左右のフックはダッキングで空転させることが必要だ。ジュントはもっと防御をレベルアップさせたいね」

 10ラウンドの中谷は、エルナンデスの前進を躱そうとフットワークを駆使したが、ロープ際で何発か被弾した。

「ジュントの右目が腫れ出したのは8ラウンドか。バッティングでだな。11ラウンドの前、右目が塞がりつつある状態で、とても溌剌(はつらつ)とした表情でコーナーを離れた。あの顔を見て、彼は本物のチャンピオンだとあらためて感じた。強いよ、自分に対しても。が、やっぱりアッパーにこだわっていたな」

【井上戦も見た上での直接対決の予想】

 中谷は3-0の判定で勝利したが、「エルナンデスが優勢だった」と、結果に異を唱える人間が少なからず存在する。

「ジュントがロープに下がったシーンは見栄えが悪かったが、勝利は明白だ。クリーンヒットの数を比べてみろよ。まぁ、ボクシング界には信じられない採点をするジャッジもいるがな。誰が何を主張しようがジュントの勝ちは動かないさ。エルナンデスだって判定を聞いた折、拍手していただろう。負けを認めたのさ」



リモートでインタビューに答えたウィザスプーン。右下は筆者 photo by Soichi Hayashi Sr.

 COMPUBOX社が弾き出したデータによると、中谷が放ったパンチは837、そのうち297ヒット。エルナンデスが921分の273。中谷が繰り出したジャブの総数は355、そのうち71を当てている。エルナンデスは142分の26。パワーショットは中谷の482、エルナンデスは779。中谷は46.9%のパンチをエルナンデスに与えたが、メキシカンファイターは31.7%に終わった。リングジェネラルシップの観点から、攻める姿勢を重視する面もある。

「ジュントにとって122パウンド(スーパーバンタム級)の初戦だよな。俺はGoodと評価する。もっとジャブを多用して試合を運ぶべきだし、接近戦を選ぶならヘッドスリップやブロッキングで相手のパンチを喰らわないようにしないと。そこらへんが今後のテーマになりそうだ」

 1984年にWBCヘビー級、1986年にはWBAで同級タイトルを獲得したティムは、井上vs.ピカソ戦についての感想も述べた。

「ワンサイドだった。実力差がありすぎたよ。イノウエは終始、余裕を持ってピカソを料理したね。自分を脅かす要素が何もない相手に、順当に挙げた勝利だ。2ラウンドから重いボディブローを何発もヒットした。

 ただ、ナオヤ・イノウエの特徴って、爆発力だと俺は思ってきた。全盛期のマイク・タイソンみたいな、身の毛がよだつほどの凶暴さだ。しかも、それは多彩な攻撃で、上下に打ち分ける高速コンビネーションを基盤としてのものだった。今回も圧勝だったが、いつもの破壊力は見せなかったね。どうしたんだろうな。サウジアラビアでの調整に、難しい部分があったのかもしれない。イノウエが何ラウンドで試合を終わらせるか、ファンの関心はそれに尽きていただろうよ」

 ついに実現する5月の井上尚弥vs.中谷潤人に関してもティムは語った。

「最初から最後までイノウエは余裕を見せていたね。流してファイトしても勝てる相手だった。ピカソとエルナンデスじゃレベルが違うさ。個人的には、メインイベントよりもセミファイナルのほうが見応えがあったね。俺は、今回のサバイバルを制したジュントが有利だと思う。苦しんだ経験は必ず生きる。もっとジャブを使った組み立てと、自分の距離での戦いを貫くことが肝心だ。そして、インサイドでの打ち合う時の防御。

 ボクシングって、基本をどのくらい丁寧にやるかが大事なんだよ。繊細な仕事の積み重ねが勝敗を分ける」


5月の井上戦に向け、中谷はどれだけ成長できるのか

 photo by Hiroaki Finito Yamaguchi

 元世界ヘビー級チャンピオンはこれまでと同様に、いかにディフェンスが大切かを説き、結んだ。

「俺が68歳になっても脳へのダメージがなく、こうやってお前と会話できているのは、常に打たせないボクシングを心掛けたからさ」

(中谷潤人はなぜ苦戦したのか 本人とセコンドが振り返る課題と、井上尚弥との試合までにやるべきこと>>)

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