◆新日本プロレス「WRESTLE KINGDOM 20 in 東京ドーム 棚橋弘至引退」(4日、東京ドーム)観衆4万69…
◆新日本プロレス「WRESTLE KINGDOM 20 in 東京ドーム 棚橋弘至引退」(4日、東京ドーム)観衆4万6913(超満員札止め)
新日本プロレスの棚橋弘至(49)がAEWのオカダ・カズチカとの引退試合に敗れ、26年に及ぶレスラー人生に終止符を打った。今後は新日本プロレス社長に専念し、プロレス界を牽引する。
棚橋は、2024年10・14両国国技館大会で2026年1月4日東京ドーム大会で引退することを発表した。
昨年の1・4東京ドームのEVIL戦から「棚橋弘至ファイナルロード」がスタートし全国各地で試合を行い、ファンに別れを告げてきた。
引退試合は、昨年11・8愛知・安城市の東祥アリーナ安城大会でオカダ・カズチカが登場し引退試合の対戦相手に名乗り出たことを受け、棚橋も受諾。1・4東京ドームでオカダとの引退試合がオカダに決まった。
オカダとは、「レインメーカーショック」と呼ばれる2012年2月12日、大阪府立体育会館大会で敗れてから幾多の名勝負を展開。ラストマッチでも過去の歴史をかみしめるような激闘を展開した。
オカダのドロップキックで場外へたたき落とされるなど苦しんだ棚橋は、ドラゴンスクリュー2連発で逆転。場外のオカダへトップロープからのハイフライアタックを浴びせると、ドームは大興奮。さらにエプロンのオカダへドラゴンスクリューを繰り出すもオカダのリバースのネックブリーカー、コーナーポスト最上段からのエルボードロップで窮地に陥った。
花道に引きずられ、ツームストンパイルドライバーで大の字。両手両足ではってリングに戻った棚橋は、リング上でまたもツームストンを食らった。ドームがブーイングがわき起こる中、ローリングのレインメーカーを浴びる。張り手5連発で抵抗。レインメーカーをかわすとショートレンジのラリアットでオカダを倒した。しかし、オカダのレインメーカーを受け、カウント2で返す。
逆エビで絞め上げられるとロープへ逃げた。ドームは「棚橋コール」の大合唱。ドロップキックを食らうもスリングブレイドで大逆転。スリーパーホールドで絞め上げると、ライバルだった柴田勝頼のGK、中邑真輔のボマイェ、そして必殺のハイフライフローで追い込んだ。
棚橋のレスラー人生を象徴する必殺技の連続にドームは興奮のるつぼ。スリングブレイドからドラゴンスープレックスで追い込んだ。うつぶせになったオカダへハイフライフロー。2発目はヒザを立てられ失敗。両者は大の字でダウン。エルボーの打ち合いに発展しオカダのドロップキックで倒される。
30分を超える激闘は、オカダがレインメーカーをさく裂するも棚橋はカウント2・9で返す。引退試合でも驚異的な粘りを見せた棚橋だったが、トップロープからのエルボードロップ、再びレインメーカーを食らいマットに沈んだ。ラストマッチで33分03秒の激闘。大の字に倒れた棚橋へオカダは「おつかれさまでした。ありがとうございました」とメッセージを贈った。
棚橋は立命館大学を卒業した99年4月に新日本プロレスに入門。同年10月10日にデビューした。
デビュー直後から将来の新日本を担う逸材として期待。03年6月13日には、吉江豊とのタッグでIWGPタッグ王座を奪取し初のタイトルを戴冠。06年7月17日にはIWGPヘビー級王座決定トーナメントを制して同タイトルを初戴冠しデビュー6年目で新日本プロレスの最高峰を極めた。
07年には、真夏の最強決定戦「G1クライマックス」を初制覇し名実共にエースとなった。09年1・4東京ドームで師匠と仰ぐ全日本プロレスの武藤敬司を初めて倒しIWGPヘビー級王座を奪還し、世代交代を実現した。
「100年に1人の逸材」をキャッチフレーズに中邑真輔、柴田勝頼、オカダ・カズチカ、内藤哲也らと名勝負を刻み込みファンの絶対的な信頼を獲得。試合後のマイクで「愛してま~す」のメッセージはファンの共感を呼んだ。また、プロレス界だけでなく各メディアにも積極的に出演し、自身の知名度とプロレスを広く世間に伝える業界全体を背負う看板レスラーとなった。
23年12月23日に新日本プロレスの代表取締役社長に就任。アントニオ猪木、坂口征二、藤波辰爾に続く史上4人目の“選手兼社長”となった。
引退を決断した理由は、社長に就任したことで経営に専念するため。さらに両膝の負傷が限界に達した肉体的な現実もあった。
今後は社長として団体の経営、さらに業界全体の活性化、発展に尽力する。