<新日本プロレス:WRESTLE KINGDOM20 in 東京ドーム 棚橋弘至引退>◇4日◇東京ドーム◇観衆4万691…

<新日本プロレス:WRESTLE KINGDOM20 in 東京ドーム 棚橋弘至引退>◇4日◇東京ドーム◇観衆4万6913人

棚橋弘至(49)とオカダ・カズチカ(38)の、正真正銘、最後の一戦が行われた。33分を超える死闘の末、負けた。オカダのレインメーカーを浴び、力尽きた。「新日本の太陽」が、満員札止めの約5万人に見守られながら、26年間の現役生活に終止符を打った。

試合後、オカダから「棚橋さん、お疲れ様でした。1つだけ言わせてください。ありがとうございました!」とマイクで声をかけられた後も、大の字で、完全に燃え尽くした。

その後は武藤敬司、藤波辰爾、内藤哲也、柴田勝頼ら先輩、盟友が次々と登場。花束と抱擁でねぎらわれ、号泣した。

マイクを握ると「ご来場ありがとうございました。夢見た超満員が、見られました。引退しましたが、新日本プロレスの選手は全力で戦っていくので、皆さん応援よろしくお願いします! ありがとうございました!」。代名詞のエアギターも、かき鳴らし、ドームにウエーブを求め、最後は涙の10カウントで終幕した。

最後の相手も、やはりオカダだった。ここまでのシングルでの対戦成績は5勝3分け9敗で、直近4試合は全てオカダに負けてきた。棚橋のコンディションは当然、全盛期のものではない。しかし、最後の最後まで勝ちにこだわって戦い抜いた。

あの“レインメーカーショック”以来、ともに新日本で物語りを紡ぎ続け、団体を盛り上げてきたオカダ。棚橋は「オカダが凱旋(がいせん)帰国してきた時に『棚橋さん、お疲れさまでした。あなたの時代は終わりです』と言ってきた。そのマイクアピールに対して『悪いなオカダ、俺は生まれてから疲れたことがないんだ』と返したのが“疲れない男”の始まりなんですよ」と当時を振り返る。

そして、この引退試合に向けても「あのレインメーカーショック(凱旋直後のオカダに12年2月大阪大会で敗れ、IWGPヘビー級のベルトを奪われた“事件”)の傷がまだ癒えてないんですよ」と、一矢報いることだけを考えてリングに上がった。

「やっぱり東京ドームのリングに立つと、細胞の記憶がよみがえるというか。その沸き立つ自分に期待してて。ひょっとしたら、ものすごい良い動きをするかもしれないし。アニメのヒーローじゃないですけど、そういうのを僕はイメージしてますね」と自分に期待しながら。

AEWでのヒールキャラが板についてきたオカダに対し、棚橋はキャリアを通じて実直なまでにファイトスタイルを変えずにここまできた。数え切れないほど飛んできたハイフライフローで膝がボロボロになってもだ。

「例えばご飯を食べに行って、名店の名物料理って食いたいじゃないですか。それと同じで、新日本に行ったら棚橋のハイフライを見るんだ、みたいな。看板を守ったという感じですね」

立命大の学生プロレスから新日本にテスト入団。この日の武藤らスター選手が退団した後、空席も目立って瀕死(ひんし)とも言えた団体を、一筋で支えてきた男が、新日本の太陽が、エースが社長が、満員の東京ドームで大団円を迎えた。【千葉修宏】

◆棚橋とオカダ レインメーカーショックを経てオカダが新時代のエースとして台頭した後も、棚橋は長きにわたりトップ戦線でオカダと激闘を繰り広げた。2人の「黄金カード」が新日本が暗黒時代を脱し、V字回復を果たす原動力に。18年には、共通の敵であるバレットクラブのジェイ・ホワイトらと対峙(たいじ)する中で、棚橋が求めた握手にオカダが応じる“歴史的な”出来事があった。 オカダは「あの握手の意味は“友達”。棚橋さんに初めて友達ができたんじゃないかなと思います」と発言し、単なるライバル以上の関係性も示された。24年1月にオカダが新日本退団を発表。オカダは同年2月11日の大阪大会で棚橋に勝利した後「やっぱりレインメーカーっていうのは棚橋さんあってのレインメーカーだったと思う」「本当に棚橋さんの、新日本プロレスの誇りになれるよう、また次も進んでいきたいな」などとコメントしていた。