◇第102回東京箱根間往復大学駅伝競走復路(3日、神奈川・箱根町芦ノ湖スタート~東京・千代田区大手町読売新聞社前ゴール=…
◇第102回東京箱根間往復大学駅伝競走復路(3日、神奈川・箱根町芦ノ湖スタート~東京・千代田区大手町読売新聞社前ゴール=5区間109・6キロ)
3年ぶり9度目の優勝を目指した駒大は6位に終わった。復路7位スタートから6区の伊藤蒼唯(4年)、8区の山川拓馬(4年)らを投入して意地を見せたが、優勝争いには絡めない。それでも最終10区、故障明けの佐藤圭汰(4年)が従来の記録を4年ぶりに19秒塗り替える区間新記録の区間賞で1つ順位を上げる執念の駅伝だった。ラストイヤーの箱根の悔しさを胸に、佐藤はまた世界へ向けて足を磨いていく。
異次元の走りでラストイヤーの箱根駅伝を締めくくった。順位を1つ上げてゴールに飛び込んだ10区の佐藤は「いい走りができてよかった」と安堵(あんど)の表情だった。12月初旬に左大腿(だいたい)骨を疲労骨折し2週間走れない危機。箱根まで残り2週間から急ピッチで仕上げた。「50パーセントだった」というコンディションでも、従来の記録を19秒上回る区間新記録。ただ、記録に対する喜びはなく「最低限です」と言い切る姿に大物感が漂った。
駒大の執念だった。3年ぶりの総合優勝を目指したが直前に主力選手らが故障。往路7位から伊藤は6区2位、山川は8区4位など必死につないだ。しかし、10区の佐藤に渡ったタスキは、首位の青学大と7分44秒差の7番手。厳しい展開の中、大エースは前だけを見て足を回した。練習不足で残り13キロからきつさもあったが「気持ちで粘った」と最上級生の意地だった。
仲間に支えられた4年間だった。5000メートルで屋内日本記録(13分9秒45)を持つ駒大の絶対的エース。ただ入学後は度重なるけがに苦しみ、昨季は出雲と全日本、今季は出雲出走なし。それでも同期の山川や伊藤、帰山侑大(4年)らは「俺がなんとかするからと言ってくれた。本当に助けられた」。今大会も万全でない中で出走を決めたのは、仲間のため。「本当は往路を走りたかったですが、10区だけでもせめて走って、チームに貢献したかった」。最後の箱根は6位。「この世代で(学生3大駅伝)3冠したかった」という目標には届かなかったが、仲間への感謝が佐藤の胸にはいっぱいだった。
見据える先は世界だ。卒業後は米国を拠点とし、海外のエリートチームに所属して、トラック競技で足を磨く。「トラック(種目)で五輪とか世界陸上でメダルが取りたい。いずれはマラソンもしたい」。佐藤にとって箱根駅伝は「本当に特別な舞台」。仲間とともに大舞台を目指した経験は、必ず生きる。(手島 莉子)
◇佐藤 圭汰(さとう・けいた)2004年1月22日、京都市生まれ。21歳。洛南3年時に1500メートル、3000メートル、5000メートル(当時)で高校日本記録。22年に駒大経済学部に進学し、23年杭州・アジア大会5000メートル6位。24年に5000メートルで13分9秒45、3000メートルで7分42秒56の屋内日本新記録。大学駅伝はこれまで5度区間賞。184センチ、67キロ。