ハイレベルな相手続きだった4戦を無敗で駆け抜けた井上。その強さは世界を魅了してやまない(C)Getty Images25…

ハイレベルな相手続きだった4戦を無敗で駆け抜けた井上。その強さは世界を魅了してやまない(C)Getty Images

25年の年間MVP選考ではクロフォードを上回る声も

 この年末年始にかけて、アメリカの各媒体で、2025年の「Fighter of the Year(年間MVP)」の選考が盛んに行われている。最有力候補はテレンス・クロフォード(米国)と井上尚弥(大橋)だ。

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 クロフォードは9月に2階級を飛び越えてスーパーミドル級の4冠王者だったサウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)に挑戦し、明白な判定勝ちを飾って3階級4団体統一王者に就任という前人未到の記録を成し遂げた。一方、スーパーバンタム級の4冠王者・井上は、25年に4戦4勝(2KO)と精力的にリングに上がり、9月には元統一王者のムロジョン・“MJ”・アフマダリエフ(ウズベキスタン)を完封という印象的な勝利を挙げた。

 いったいどちらを上と見るべきか。聴取者の投票で決められるというポッドキャスト番組『INSIDE BOXING LIVE』のFighter of the Year選考では、当初、クロフォードが優位だったが、12月27日に行われたアラン・ピカソ(メキシコ)戦の直後から井上に投票が集中。最終的には“モンスター”が逆転で今年のFighter of the Yearに選ばれた。同ポッドキャストの出演者である元世界王者のクリス・アルジェリ氏は、その経緯をこう振り返っていた。

「Fighter of the Yearはクロフォードだとみんなが思っていた。(25年は)1戦しかしていないが、“アンダードッグ”の立場で挙げたその1勝は本当に大きかった。ただ、クロフォードのインアクティビティ(活動的ではないこと)も重要な要素であり、一方でイノウエが、あれだけレベルで年間4戦も行ったことはクレイジーだった。しかも彼は本当にエキサイティングな戦いを供給してくれるのだから」

 実はこのアルジェリ氏も個人としてはクロフォードをFighter of the Yearに選んでいる。また、Fight Freaks Unite(元『ESPN』のダン・レイフィール記者が運営)、『Boxing Scene』といったウェブサイトも同様であり、結局は大方の媒体がクロフォードを選出しそうではある。

 ただ、たとえそうだとしても、1年にわたって世界のボクシング界を沸かせた井上の価値が変わるわけではない。軽量級選手でありながら、米国内でもこれだけ話題になるという事実こそが、スター性の証明。今更ながら、井上は、32歳、プロ生活13年目にして真の意味で世界的なアトラクションとして地位を確立させたと言っていいのだろう。

12年前にアドリアン・エルナンデスを破り、WBC世界ライトフライ級となった井上。ここから“モンスター”は一気にスターダムを駆け上がった(C)Getty Images

パッキャオ、ゴロフキンの系譜を継いできた“Naoya Inoue”

 隔世の感がある。ライトフライ級、スーパーフライ級に続き、バンタム級も制して3階級制覇を果たした頃の井上は、欧米での知名度は低かった。米老舗誌『The Ring Magazine』のダグラス・フィッシャー編集長のような軽量級、アジアのボクシングを好むマニアックな関係者こそ注目していたものの、当時は、いわば“YouTubeセンセーション(一部の限られた注目)”。それから時は流れ、今ではワールドワイドな存在になった。

 では、その理由はどこにあったのか――。

“モンスター”がここまでのスターになった要因は大きく分けて2つと考える。まずは、スーパーバンタム級を含めた4階級制覇を果たす過程で、常にエキサイティングな戦いを生み出し続けた攻撃的なスタイルとパワーによるところが大きい。

 通算32戦全勝27KO。軽量級の概念を覆す勢いでKO街道を走り、世界タイトル戦だけでも計27勝23KO。どの業界も通常、トップの人間のスタイルが主流になるもので、世界5階級制覇王者となったフロイド・メイウェザー(米国)以降の米ボクシングはやはりメイウェザー式の“打たせないスタイル”がメインストリームになってきた。

 そんな中で、多少の被弾をものともせず、試合のヤマを作りにいく井上は一服の清涼剤であり、現代ボクシングへのアンチテーゼ的な存在になってきた印象がある。米国でもスターになった外国人のアクションヒーローという点では、ボクシング界においてマニー・パッキャオ(フィリピン)、ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)の系譜を受け継いできたと表現しても過言ではないはずだ。

 それと同時に、ボクシング界がテレビから動画配信時代に以降した経緯とともに米国内でも急激に露出が増えたことも大きかった。それまでは主にYouTubeで探さなければ見られなかった井上の試合が、2018〜19年に開催されたワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ中は全試合が、『DAZN』で生配信された。その大会でノニト・ドネア(フィリピン)らを下して優勝すると、直後に米大手『TOP RANK』と契約。以降は全試合が、国内有数のネットワークを誇る『ESPN』系列で中継、配信されるようにもなった(注・最新のピカソ戦は久々にDAZNでのPPV配信だった)。

先のピカソ戦でも圧倒して勝利した井上(C)Getty Images

井上が語った「理想」

 特に米国内で大きな影響力を持つ『ESPN』で顔を売り続けた意味は大きかった。試合時間は米国時間で深夜〜朝の時間帯ではあっても、「ESPN+(動画配信アプリ)」を使えば、いつでもアーカイブ視聴が可能だ。

 同局が試合の合間に制作するドキュメンタリー番組も含め、「Naoya Inoue」の名はボクシングファンの間でお馴染みの顔になっていった。露出の機会さえ増加すれば、前述通り、ファイトスタイルに分かり易い魅力がある“モンスター”が人々の心を少しずつ捉えたのは当然だったのだ。

 この井上の時代はもうしばらく続くのだろう。今秋に筆者が行ったインタビューでの本人の言葉を聞く限り、ボクシングへの愛情はまだまだ薄れたわけではなさそうだ。

「春、夏、冬で年3戦というのが理想なのかな。ボクシングが好きだからそれができるんです。練習が好きですし、試合も好き。1年間ずっと気が張りっぱなしでも、その3試合に向けてトレーニングすることが好きだから苦ではないんです」

 現代に生きる私たちは、この稀有なボクサーの戦いをまだまだ楽しむことができる。それは日本人だけではない。井上がリングに立つ度に、米国をはじめとする世界中のボクシングファンが、その姿に釘付けになる。時代の牽引車として歩み続ける勇姿はいずれ時を超え、語り継がれ、世界ボクシングの“レジェンド”として歴史に刻まれていくに違いない。

[取材・文:杉浦大介]

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