大相撲で1878年(明11)創設の名門、高砂部屋が3日、東京・文京区の護国寺にある、先代(7代目)師匠で元大関朝潮の長岡…
大相撲で1878年(明11)創設の名門、高砂部屋が3日、東京・文京区の護国寺にある、先代(7代目)師匠で元大関朝潮の長岡末弘さんの墓参りを初めて行った。長岡さんは23年11月に、67歳の若さで亡くなった。昨年10月、護国寺に納骨されたことを受け、師匠の8代目高砂親方(44=元関脇朝赤龍)をはじめ、故人の恵夫人、部屋の力士、行司、呼び出しら関係者が、山県有朋、大隈重信ら歴代総理大臣も眠る、由緒ある墓地で手を合わせた。
高砂親方は「三回忌の昨年、お墓ができたということで、みんなで行こうと決めました。代々、先代のお墓参りは、稽古始めの1月3日に行っていました。私が入門したころは5代目(元横綱朝潮)のお墓に」と、部屋の伝統行事を復活させたことを説明した。墓前では「先代とは、たくさんの思い出があります。『見守ってください』『これからも頑張ります』と(心の中で)言いました」と、故人を思って手を合わせたと説明した。
長岡さんとは近大の後輩にあたり、入門時の師匠だった前頭朝乃山(31)は「また天国から見守ってください」と、墓前で手を合わせて念じたという。「先代が亡くなって、納骨されて、お墓参りに来たというのは、何か不思議な感じがして」と、今も亡くなったことを信じられない感覚があると説明した。
「場所中に、いい相撲で勝てば『いい相撲だ』と褒めていただき、悪い相撲や負けた時はアドバイスをしてくださって。連敗していると、気分転換に食事に連れて行っていただいたこともありました」。今も鮮明に、先代師匠の険しい顔や笑った顔を思い出すようだ。
「入門した時から、自分は器用ではないですし、体が大きいので『前に出ろ』と言い続けられましたね。その教えをずっと守ってきました。プロとアマチュアの違いを感じた言葉でもありました」。24年名古屋場所で左膝を大けがし、そこからはい上がる中で、前に出続ければ、けがするリスクも減ることを実感。先代師匠の言葉が、一段と身に染みたようだ。
昨年は12月29日に稽古納め、年明けはこの日が稽古始めだった。自身や同じ前頭の朝紅龍、朝白龍、十両の朝翠龍の関取衆は、この日は基礎運動やぶつかり稽古などで汗を流し、相撲を取る稽古は4日から再開予定。初場所(11日初日、東京・両国国技館)に向けて「時間がないので、しっかり稽古して初日に合わせられるようにしたい。どこか(出稽古)に行きたいなと思っています」と力説。約1年半ぶりとなる幕内力士としての本場所を万全の準備で臨み、先代師匠の教えを土俵で実践して白星を重ねるつもりだ。【高田文太】