◇第102回東京箱根間往復大学駅伝競走復路3日、神奈川・箱根町芦ノ湖スタート~東京・千代田区大手町読売新聞社前ゴール=5…
◇第102回東京箱根間往復大学駅伝競走復路3日、神奈川・箱根町芦ノ湖スタート~東京・千代田区大手町読売新聞社前ゴール=5区間109・6キロ)
往路を制した青学大が復路でも快走し、最終10区の折田壮太(2年)が栄光のゴールテープを切った。史上初となる同一チーム2度目の3連覇(計9度目)を達成し、復路新記録、総合新記録で花を添えた。駒大を抜いて、単独6位の優勝回数となった。
最近12年で9度の優勝。原晋監督(58)も指揮官として9度目の優勝となった。大会の公式記録に「監督」が明記された1964年の第40回大会以降では、日体大の岡野章監督を抜き、史上最多。日本陸上界きっての個性派指揮官は名実ともに長い箱根駅伝の歴史に名を残す監督となった。ゴール後は「学生たちは本当にこんなにも強かったのかと、ほれぼれして運営管理車から見守らせてもらった。輝け大作戦? 300%輝きました!」と大絶賛した。
往路では、絶対エース兼キャプテンの黒田朝日(4年)が5区で「シン山の神」兼「4代目・山の神」を襲名する異次元の区間新記録をマークし、往路新記録の5時間18分8秒で優勝。復路6区もルーキー石川浩輝が1年生歴代トップとなる57分15秒の好タイムで区間3位と好走し、首位をがっちりとキープした。
7区は大学駅伝デビューの佐藤愛斗(2年)。前回は10区登録されたが、当日変更で出番なし。その悔しさを忘れずに練習を重ね、11月のMARCH対抗戦1万メートルでは学生トップクラスの27分55秒93をマーク。満を持して、箱根路の大舞台に立った。佐藤の祖父・市雄さんは旭化成の黄金期を支えた伝説のランナー。日本選手権優勝、全日本実業団で最多10回の区間賞などを誇る。「中学まではサッカーをやっていましたが、じいちゃんが強いランナーだったと聞いていたので、陸上にも興味があり、高校から本格的に始めました。陸上を本気でやってみて、じいちゃんのすごさを改めて知りました。尊敬しています」と愛斗は語る。原監督は「佐藤市雄さんと言えば『元祖・駅伝男』です。愛斗も市雄さんのような『駅伝男』になってほしい」と期待する。「駅伝男」の系譜を継ぐ佐藤愛斗は区間3位と好走し、首位をキープした。
8区は3年連続で塩出翔太(4年)が出場。慣れ親しんだ湘南を1時間3分45秒で走破。2019年、東海大の小松陽平がマークした1時間3分49秒の区間記録を4秒更新した。
9区では、最初で最後の箱根駅伝出場となった佐藤有一(4年)が歴代3位の1時間7分38秒の好記録で区間賞を獲得した。
今大会は黒田朝日が歴史的な激走を見せたが、実は、この佐藤有一こそ青学大の強さの象徴でもある。
池田生成(2017年9区2位)、近藤修一郎(2018年9区9位)、谷野航平(2020年6区3位)、中村友哉(2020年7区4位)、山内健登(2024年7区3位)、倉本玄太(2024年9区区間賞)、白石光星(2025年7区9位)。4年目に初めての箱根駅伝で渋い活躍をして優勝メンバーとなった選手が多い。今回も初出場の佐藤有一が中大のエース吉居駿恭(4年)に1分9秒も勝った。
原監督の起用方針の基本は「同じ実力なら下級生よりも4年生を使う」。翌年以降を見据えて、涙を飲んで「同じ実力なら4年生より下級生を使う」という監督が多い中、原監督の方針は徹底している。「4年間、走り込んできた選手は信頼できる」ときっぱり話す。
「チャラいは褒め言葉」が原監督の口癖。テレビのバラエティー番組に多く出演するなど、大学駅伝チームとしては異例の存在感を放つが、普段の生活は地味で愚直だ。
前回の箱根駅伝優勝の4日後の7日に今大会に向けて始動した。午前5時45分に朝練習を開始。練習拠点の東京・町田市のその日の日の出時間は午前6時52分。まだ、夜明け前の真っ暗な中から走り始めた。
青学大駅伝チームの選手寮で飲酒できるのは1年に1度。勝っても負けても箱根駅伝復路が終わった1月3日の夜だけ。原監督、妻で寮母の美穂さん(58)をはじめコーチ陣と20歳以上の選手はアルコール類を、20歳未満の選手はスポーツドリンクを飲みながら、箱根駅伝と、箱根駅伝に向けて取り組んだ1年間を夜更けまで語り合った。
つかの間の休息で心身をリフレッシュした後、7日からは通常通りに午前5時に起床し、午前5時45分から朝練習。原監督は「これが我々の日常です」とテレビ番組で見せる明るい表情とは対照的に淡々と話した。この1年も、泥臭く走り込んで、第102回箱根駅伝を迎えていた。
佐藤有一は「最高の景色でした」と感慨深い表情で最初で最後の箱根駅伝を振り返った。4年生の意地と喜びの走りは「最後まで諦めなければ箱根駅伝を走れるし、勝てる」という伝統になっている。
アンカーを務めた折田壮太も青学大らしい選手だ。兵庫・須磨学園出身の折田は、5000メートルで13分28秒78の日本高校歴代2位(当時、現4位)の記録を持ち、鳴り物入りで青学大に入学した。しかし、今季の出雲駅伝2区で5人抜かれの区間10位に終わるなど苦しい日々が続いた。高校時代のトップ選手でも青学大では一切、特別扱いされない。泥臭い練習を続け、11月のMARCH対抗戦1万メートルで27分43秒92の好記録をたたき出し、箱根駅伝アンカーの栄誉を勝ち取った。
今季の青学大には勝ちたい理由があった。現4年生と同期生の皆渡星七(みなわたり・せな)さん(当時3年)が昨年2月に悪性リンパ腫のため、21歳の若さで亡くなった。前回の箱根駅伝直前には、闘病中の入院先からミーティングにリモートで参加し、チームメートを励ました。「私たちが皆渡を励まさなければならないのに、私たちが皆渡に励まされた。第101回箱根駅伝優勝は間違いなく皆渡の力がありました」と原監督は明かす。
今大会も皆渡さんがチームを後押しした。3年連続で8区区間賞の塩出は昨年12月11日に東京・渋谷区の青山キャンパスで行われた壮行会で「優勝して、皆渡にいい報告をしたい」と言葉に力を込めて話していた。
今大会に向けて、原監督は「輝け大作戦」を発令。「大黒柱の朝日が輝き、控え選手、マネジャー、チーム全員がそれぞれの立場で輝いてほしい」と説明。そして、もう一つの意味が、皆渡星七さん。エースの黒田朝日をはじめ選手たちは足や腕に「★7」とマジックで書き込み、皆渡さんへの思いを胸に走った。「皆が星のように輝いてほしい、という意味もあります」と原監督は話す。
「輝け大作戦」は大成功した。