<第102回箱根駅伝>◇2日◇往路◇東京-箱根(5区間107・5キロ)5位城西大のエース斎藤将也(4年)が、山登り5区で…
<第102回箱根駅伝>◇2日◇往路◇東京-箱根(5区間107・5キロ)
5位城西大のエース斎藤将也(4年)が、山登り5区で集大成の区間2位に輝いた。青山学院大(青学大)の「シン・山の神」こと黒田朝日(4年)の1時間7分16秒に次ぐ1時間9分28秒。小田原中継所のスタートは、ほぼ同時だった。レース中のハプニングで大きな話題になった前回大会から1年後、最後の箱根路が幕を開けた。
斎藤は首位と3分24秒差の4位、その1秒後の5位が黒田だった。早々の1キロすぎに突き放され「ついていったら、間違いなく死んでるんで(笑い)。彼は別格。人間じゃない」と笑い飛ばしたが「実は、設定通りだったんですよ」と明かした。
「黒田くんと一緒にスタートしたんですけど、どうぞどうぞ、と。もっと遅く行こうと思っていたので。実際、僕、函嶺洞門(3・5キロ)は16位でしたからね。それぐらい遅く行ったんですけど、僕の中で設定していたタイムがあったので。あえて競らず、その通りに行く選択をして、はまりました」
2学年上の「山の妖精」こと、同校OBの山本唯翔(SUBARU)のペースも参考に、己のラップを刻み貫く。最終的に、自身より2分以上も速かった黒田には驚異の走りを見せつけられたものの「最高地点(16・3キロ)では唯翔さんより15秒くらい速かったので」。早稲田大(早大)の「山の名探偵」こと工藤慎作(3年)よりも18秒、速かった。
「黒田くんが(当日エントリー変更で、予想の2区から5区へ)来たことによって、僕の区間賞を奪われましたけど(笑い)。まあまあ仕方ないです。3年生の工藤君には勝てて、チームも総合3位を掲げている中、しっかり3位と1分以内の差(中央大と36秒差)でゴールできて、いい締めくくりだったと思います」
1年前は、自身の行動が議論を呼んだ。直前に体調を崩しながらも5区で区間3位。その快走はもちろんだったが、普段は物腰柔らかく、常に笑いを取ろうとする男が叫んでいた。
「どけっ!」
同じく山登りの途上、ハプニングに巻き込まれた。中継局のカメラマンを乗せたオートバイが近づき、あわや、山道を走る斎藤に接触しそうになった。手で払いのけるようなしぐさを見せ、テレビカメラに向かって怒号を響かせた。一夜明け、日刊スポーツの取材に「はい、言いました」と即答していた。
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「カーブで最短距離をたどろうとしたところ、走行ルート上にバイクのスタッフさんがいらして。最悪の事態もありますから、ジェスチャーしました。ただ、運転手さんは前を向いているので。声で危険だと伝えないといけないと思いました。もし、ぶつかってしまえば…お互い、いい思いにはなりませんから。しっかり自分から注意喚起させていただきました」
「付け加えたいのは、中継のおかげで箱根駅伝も盛り上がるわけですし、城西大学の名前も知っていただけるので。その中で、もし自分がぶつかっていたら、たぶん(スタッフや中継局が)いろいろ言われてしまっていたと思うんです。それは望みません。今後の中継にも影響が出てしまうでしょうし。なので言いました。『どけっ!』と。(事故を)防げて良かったのかなと今でも思っています」
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リスペクトを前提とする問題提起にもつながった1年後、斎藤は「めっちゃ、いじられました」と笑いながら、より太い大黒柱として山道に帰ってきた。
城西大としても2区でビクター・キムタイ(4年)が異次元の区間新記録をマークし、同校史上初となる先頭たすきリレーを実現。5区にはスペシャリストの自身が控えていた。ひそかに往路優勝もうかがい、駒澤大(駒大)にも先着し、斎藤は区間2位の走りを見せた。
チームは5位に食い込んだ。一方で、痛快な下克上“5強、どけっ!”は「ちょっと難しかったですね(笑い)」。往路Vは果たせなかったが「やることはやったので、これで届かなければ他校さんがすごかったということ。悔いはないです。頑張ったっす、僕ら」
まだ復路を残すが、斎藤は一足先に4年間を走り抜いた。「長かったですね。短いと言う人も多いですけど、僕は長かった。理由としては、僕らが入学した年は全日本(大学駅伝)も予選会からでしたし、関東インカレもトラックレースもいっぱい出て。すごく内容が濃かった。今、ここまでの成長段階に城西大学も来られて、箱根の常連校になりかけていて。ドラマがたくさんあった4年間。本当に、成長させてもらいました」
福井・敦賀気比高から加入し、斎藤やキムタイの進化が大学の躍進にも比例した。1年から「花の2区」を任された。2年時は全日本の4区で区間賞。注目された実力派だったが、やはり昨年の“一件”で「ある意味、自分も大学も注目していただけた。本当に皆さんのおかげです。取り上げていただいて、ありがとうございました」。最高の4年間を礎に、卒業後は先輩山本と同じSUBARUに入社予定だ。斎藤もまた、箱根駅伝で人生が変わった1人になった。【木下淳】