野球実況アナウンサー(以下アナ)を志す、加賀一輝(カガイッキ)という男がいる。愛知県出身の元高校球児は、「野球を言葉(喋…
“野球実況アナウンサー(以下アナ)”を志す、加賀一輝(カガイッキ)という男がいる。愛知県出身の元高校球児は、「野球を言葉(喋り)で伝える」という夢に向かって奮闘を続けている。
スポーツ専門配信チャンネルDAZNが、『THE ANNOUNCER-スポーツ実況者オーディション-』を開催。野球など、スポーツ実況者を発掘・育成するオーディション型プロジェクトには30人が参加した。
「4次選考まで残ったので、『行ける…』という手応えも多少はあった。残念でしたが、最終直前まで残れたのは、小さいけど実績にはなると思います」
~配信局にも独自のアナが必要な時代へ
加賀は37歳になった今でも、“野球実況アナ”への思いを捨てていない。普段はスポーツライターや編集の業務に携わる中、夢の実現へ向けて準備を継続している。
「DAZNオーディションに関しては、年齢制限等の条件がなかった。年齢的に放送局の専属アナになるのは現実的ではありません。幅広くオーディション等の情報を集めながら、チャンスがあれば、何でもトライしてみようと思っています」
DAZNは一部球団を除いたNPBの試合を配信放送する。映像等に関しては、各球団が現場に入れている中継局のものが使われるため、DAZN独自の“野球実況アナ”は多くないとされる。
「DAZNは各球団やパ・リーグTV等に映像使用させてもらい、配信しているケースがほとんど。実況等の音声も同様です。しかし他競技も含め、独自のコメンタリーを入れることもあります。そういったアナの需要も増えてきたのだと思います」
「アスリートが結果を出すために全力を尽くす姿を自分の言葉で伝えたい。今回のオーディションを勝ち抜いて、“野球実況アナ”というフィールドに立ちたかったのですが…」
DAZNオーディションでのグランプリ受賞者は、「来季のNPB1軍配信で実況できる権利を得られる」ということ。「審査員の中には自分をプッシュしてくれた方もいたそうなので…」と悔しそうに振り返る。
~“オフチューブ”方式への対応は難しい
「僕が1番やりたいのは現場での実況。現場状況のみでなく、私自身の野球観(野球感)も伝える機会があると思えるからです」
“野球実況アナ”と言っても、テレビ、ラジオ、配信等のカテゴリーがある。それぞれの個性や違いをわかりやすく説明してくれた。
「野球実況に関して言うと、基本になるのはラジオだと思います。映像がないので、聴取者は実況アナの言葉で全ての情報を得ます。試合はもちろん、スタンドを含めた球場全体を伝えないといけません」
かつて加賀が通ったアナウンサー学校講師もラジオ局アナウンサーだった。「目の前で起きていることを言葉のみで伝えるのは、どのジャンルにも生きてくるはず」と教えてくれた。
「テレビは必要に応じて情報を挟み込むことが求められます。そのためには『空気を読むこと』も重要。実況者が話し過ぎても映像を邪魔してしまう。バランスを重視しながらも、個性を出せる場所だと思います」
「選手や環境に変化があれば、即座に伝えられるようにしています」とも付け加える。現場経験(観戦経験)を増やすことで磨かれる、“観察眼”も必要になるようだ。
「配信はテレビと同じだと思います。少し違うのは、“オフチューブ”方式が多く採用されている部分。現場映像を放送局等のモニターを見て話す方式。経費削減等の理由から、最近は増えています」
“オフチューブ”方式はMLB中継等でも広く採用されているが、NPBでも増加傾向にある。テレビでも同方式を活用する場合もある。「現場にいないので、拾える情報が少なく大変です」という。
「“オフチューブ”方式の時は、『事前情報をどれだけ持っているか?』が重要。今回のオーディションは同方式だったので、担当試合に関しては両チームの情報を掘り続けました」
オーディションでは、『ジャパンウィンターリーグ(JWL)』での実況が課せられた。参加選手はNPB育成や独立リーグ、社会人や海外選手にまでに及んだ。実際にプレーを見たことない選手ばかりだったため、「情報収集には多くの労力がかかりました」と振り返る。
~野球を言葉で伝えたい
「今回のようなオーディションはあまり見当たりません。『出ないと後悔する』と思って全力で挑みました」
子供の頃から野球が近くにあった。「何かしらで野球に携わりたい」と長年に渡って思い続けていた中、野球実況アナという夢ができた。
「愛知出身なので、子供の頃からドラゴンズ・ファン。自分自身も野球をやっていましたし、スポーツを見る機会は多かったと思います」
「プロ野球選手になりたい」という思いと共に、「何らかの形で野球に携わりたい」という気持ちも早い時期から持っていたようだ。
「大学で上京、ドラゴンズの試合へ頻繁に足を運びました。当時は外野席で熱烈に応援していました(笑)。野球に対する思いは消えていなかったですが、卒業後は不動産業界に就職。それでも思いを断ち切れず、1年半ほどで退職しました」
辞表提出は、偶然にも落合博満監督(当時)の退任発表と同日(2011年9月22日)。「野球、そしてドラゴンズとの縁を感じました」と笑う。
愛知に戻って体制を整え再上京してからは、野球と携わる道を模索し続ける。アナウンサー学校に通うなど、「野球を言葉で伝える」ことにも本腰を入れた。
「大学の時には、『“野球実況アナ”になりたい』という気持ちは芽生えていました。その後、他業界へ就職したことで自分の本心に気づいた感じです。アナの仕事を志ながら野球ライターを始めたなか、縁があってスポーツナビで編集の仕事も頂きました」
自他ともに認める“野球バカ”であり、野球に携わりながらここまできた。しかし、「1番やりたいのは“野球実況アナ”」という気持ちは変わらない。
~プレーが止まっている“間”の使い方
「この先のことは何も決まっていません。でも今回のようにチャンスがあれば、何度でもトライし続けたいです」
「40代前半くらいまでに、“野球実況アナ”という土俵に乗れれば…」と考えている。家庭も持っており、生活を考えれば簡単なことではない。しかし、それでも夢を追いかける理由は何なのか。
「“裏方”と“演者”の両方をできるのが魅力。グラウンド上でプレーするのは選手であり、彼らを立てて事実を伝える“裏方”でないといけない。一方では“演者”として、自分なりの野球観(野球感)を話すことができます」
「もちろん話す時のバランスが重要です。自分の野球観・感だけ話していては、実況が成り立ちません。それでも常に仮説や疑問を持ち、タイミングをみてうまく挟み込めれば、彩りやスパイスを加えられます」
野球はプレーが止まっている“間”の多さが魅力でもある。テレビ(配信)中継においては、その時間をどう使うかも重要になる。
「“静寂”を作るのも実況者の技量。海外でよく見られる、優勝シーン等では場内音声だけにする。ああいった手法は国内でも増えてきました。例えばNPBでは、7回の攻撃前や試合終了後の応援歌演奏時には同様にする。今回のオーディション選考でも同様のシチュエーションがありました」
「また、実況者がセリフをあらかじめ準備しているケースもあります。野球以外にも、プロレスやサッカー、格闘技の入場時に前口上を語る実況者は多い。もちろん視聴者の好き嫌いがあるので賛否両論はありますが…」
名実況中継に“名言”が存在するのも、“間”を巧みに使う意図から。現場と視聴者を繋いで、感情を揺さぶることを考えてのことだ。
~自分の感じたことを信じて話したい
「言葉の受け取り方は人によって異なるので、難しいです」と本音も吐露する。しかしそれでも、“野球実況アナ”への思いが揺らぐことはない。
「試合展開等によって先を深読みしてしまう時がある。「先入観が入っている』と感じることもある。目の前で起きていることを、素直に受け入れないといけないのですが…」
年齢と共に重ねた経験が、野球を見る際に多少の“バイアス”をかけてしまう時がある。そういった部分を自覚しながら、今の自分にしかできないスタイルを模索し続ける。
「葛藤はありますが、自分の感じたことは大事にしたい。野球に対して真っ直ぐ向き合って、それを伝えたいです。情報が溢れた時代だからこそ、実際に感じたことを信じてみたい」
スポーツ中継でも、発言によって炎上するケースが跡を立たない。「話のプロ」になるには、準備と覚悟がいることを教えてくれた気がする。
「話すだけが全てではない。選手やファンの心に寄り添えるような“野球実況アナ”になりたいです」
来春WBCの地上波生中継が無くなったことが大きな話題だ。今後のスポーツ中継は課金制の配信放送が主流になるとみられる。そういう時代だからこそ、今回のDAZNのような試みをどんどん行なってもらいたいものだ。
加賀がスタイルとして常に描き続けているのは、野球の素晴らしさを伝えること。野球を心底愛する男が、野球実況をする日は思ったより早い気がする。加賀の声が聞こえてくる日を、心から待ちたいと思う。
(取材/文:山岡則夫、取材協力/写真:加賀一輝)




