ベロベロで球場入り…元近鉄・栗橋氏が明かす“伝説” 大一番を前にして……。元近鉄の豪傑スラッガー・栗橋茂氏(藤井寺市・ス…
ベロベロで球場入り…元近鉄・栗橋氏が明かす“伝説”
大一番を前にして……。元近鉄の豪傑スラッガー・栗橋茂氏(藤井寺市・スナック「しゃむすん」経営)は、プロ7年目の1980年、打率.328、28本塁打、84打点の好成績を残した。10-4で勝って近鉄が後期優勝を決めた10月11日の後期最終の西武戦(藤井寺)でも1本塁打を含む3安打と活躍したが、実はその日をとんでもないコンディションで迎えていた。デーゲームにかかわらず朝まで飲み明かし、球場入りした時点ではベロベロに酔っぱらっていたのだ。
7年目の栗橋氏は怪我からのスタートだった。高知・宿毛キャンプで左肩を痛めた。「(近鉄監督の)西本(幸雄)さんが『これからの野球は魅せなきゃいけない』って言って、キャンプ2日目からダイビング(キャッチ)の練習をさせられたんだよね。その時に肩から落ちて……。それ以降もキャンプには球拾いで最後までいたけど、棒に振ったし、オープン戦も最後の方に1試合出ただけかな。(治るまでに)2か月はかかったからね」。
何とか開幕に間に合ったが、病み上がりでもバットは好調だった。リーグ連覇を目指す近鉄は前期2位に終わったものの、栗橋氏は14本塁打、打率.326と気を吐き、オールスターゲームにも2度目の出場を果たした。後期に入っても打棒は鈍らなかった。9月16日のロッテ戦(日生)では仁科時成からサヨナラ24号アーチを放ったが、その一発は印象深いという。
2-3の9回裏、4番チャーリー・マニエルの同点ソロに続き、ぶちかましたサヨナラ弾は怒りの一撃でもあったからだ。「同点になって、打席に入ったら(近鉄外野手の)佐々木恭介さんが(ベンチから)“クリ、行け、行けぇ!”みたいに言ったんですよ。でもよく聞こえてなくて、『えっ? なんすか?』って振り向いて聞き直していたら、仁科がキャッチボールで投げた球が、俺のお尻に当たったんだよ。パチンって。力を抜いている時だったから、痛かったんだよね」と話す。
「(なぜ相手投手がキャッチボールしていたのかは)よく分からないけど、仁科は(直前のマニエル同点弾で)かなり動揺していたと思う。じっとしていられなくて、間が取れなかったんじゃないの?」と振り返るが、当時はあまりの痛さに思わずカッとなったという。「俺、デッドボールを当てられても何とも思わないんだけど、あの時は『何するんだ! お前、コラァ!』と言ったよ。仁科は『悪い、悪い、悪い』って。で、その後のカーブをサヨナラホームラン。グッとためて、センターにね」。
そんな一発があった後期は近鉄の追い上げもすさまじかった。最後は、1敗も許されないところからの残り3試合を3連勝で飾り、日本ハムを抜いて逆転優勝。デーゲームで行われた最終戦(10月11日、西武戦、藤井寺)は3点を先行されながら、猛打でひっくり返し10-4で勝利した。栗橋氏も1本塁打を含む3安打1打点と結果を出したが、これがまた朝帰り後の活躍でもあった。
酩酊状態から2日酔いくらいの状態に…結果は3安打1本塁打の活躍
「デーゲームで朝8時50分くらいに練習開始で、朝7時まで飲んでいて、酔っぱらったまま藤井寺球場に向かった。途中、線路沿いを歩いていたら、ダフ屋か何かが『兄ちゃん、チケットあるぜ』と言うから『選手や!』って言った。よく分からなかったけど、もう1回『チケットあるぜ』と言われたから、また『選手や!』って初めて関西弁で言ったよ、ホントに。こっちも酔っているし、もう時間もないから、そのまま(球場に)行ったけどね」
何とか球場にたどりついたが、その時点でも酩酊状態。「これはやばいなぁと思って、カッパを着て汗を出して。それでもまだ酔っていたから、もう1回着替えて、カッパを着て汗を出して。2日酔いくらいの状態に持っていって試合に入った」。結果は3打数3安打、1本塁打。大一番だったにもかかわらず朝まで飲んで結果を出したというわけだ。
3勝0敗でパ・リーグ連覇を決めたロッテとのプレーオフでは、安打は第1戦に仁科から放った本塁打だけ。2年連続3勝4敗で敗れた広島との日本シリーズでは16打数3安打、1本塁打、1打点。前年(1979年)の日本シリーズ(18打数2安打1打点)に続く不振だった。「四球は結構あると思うけど、打てなかったねぇ、短期決戦は……」と苦笑いを浮かべたが、1980年11月1日の第6戦(広島)で放った唯一の日本シリーズアーチは忘れられないという。
「俺が打てなかったから、いろんな解説者が来て、どうのこうの言われたわけ。そしたら西本さんが『そんな話は聞くな。悪いなりにも最後まで自分のもので行け! それで行け』って言ってくれた。俺の肩をもみながらね」。それが第6戦の試合前。その言葉で気持ちが楽になったそうで、スタメンは外れたが、9回に広島・福士敬章から代打アーチを放ったのだ。
キャンプ2日目の怪我に始まり、とてつもないシチュエーションでの一発もあれば、苦しみ抜いての一発もあったプロ7年目。伝説だらけの栗橋氏には、これもまた、思い出いっぱいのシーズンだったといえそうだ。(山口真司 / Shinji Yamaguchi)