中野信治・インタビュー 後編(全3回) 全チームのマシン性能が接近し、トップから下位までスリリングなレースが展開された2…
中野信治・インタビュー 後編(全3回)
全チームのマシン性能が接近し、トップから下位までスリリングなレースが展開された2025年シーズンのF1。しかし2026年には新たなレギュレーションが導入され、車体、パワーユニット(PU)、タイヤなど、マシンが全面的に変わり、勢力図はいったんリセットされる。
さらにチームの参戦体制も変化があり、ゼネラルモーターズ(GM)と、ザウバーを買収したがアウディが新規参戦し、ホンダもアストンマーティンと組んでワークス活動を再開。レッドブルはフォードとともに自社製PUを開発することになっている。
はたして、新しいシーズンはどのチームとドライバーがリードし、どんな展開になっていくのか? 元F1ドライバーで解説者の中野信治氏に2026年シーズンの行方を占ってもらった。

2026年のF1への期待を語った中野信治氏 photo by Tanaka Wataru
【41歳になる大ベテランが復活の可能性】
2026年のF1は車体とパワーユニット(PU)のレギュレーションが大きく変わり、各チームはまったく新しいマシンをイチから開発しなければなりません。そういった意味では資本力、しっかりとした組織の土台、技術力のあるチームが強い。それはつまりメルセデスやフェラーリといったワークス系ということですね。
メルセデスのジョージ・ラッセルやフェラーリのシャルル・ルクレールが優勝争いの本命だと思います。フェラーリに移籍して2シーズン目を迎えるルイス・ハミルトンも優勝争いに加わってくる可能性があるかもしれません。
2025年のハミルトンは、フェラーリのマシンをうまく乗りこなすことができず、見ていて本当にかわいそうでした。彼は2013年から2024年までずっとメルセデスに在籍し、そこでドライビングを覚えてきています。いくら7度の世界王座に輝いたドライバーといえ、まったく特性の違うフェラーリに乗って、いきなり結果を出すのは不可能と言っていいでしょう。
今のフェラーリのマシンはすごく特殊です。曲がりやすいのですが、リアが軽くて、すごくピーキーな動きをします。逆にメルセデスはリアが安定していて、しっかりとステアリングを切って曲がっていくマシンです。
フェラーリのマシンはステアリングを切り込んでいくとスピンしてしまう。それでも長年、フェラーリに在籍するルクレールはマシンの性能を引き出すためにアクセルとブレーキを同時に使ったり、かなり特殊なドライビングでなんとかコントロールしていますが、ハミルトンはなかなか対応していけなかった。
あの年齢(40歳)になってドライビングの癖をイチから変えることはできませんし、年齢を重ねて反射神経も多少は落ちてきています。あんなに忙しい挙動をするマシンに乗せられて、ハミルトンは相当つらかったと思います。
結局、フェラーリ移籍初年度のハミルトンは、優勝はおろか、19年間のF1キャリアで初めて、シーズンを通して表彰台にすら登れませんでした。でも、それは彼の能力が落ちてきたのではなく、自らのドライビングスタイルがマシンにまったく合わなかったから。不振の原因はそれに尽きると思います。
こういうマシンのトレンドを生み出しているのは、マックス・フェルスタッペンなんです。ピーキーな挙動でもフロントが入っていかなきゃダメだっていうマシンにどんどん変えていきました。
しかしマシンのレギュレーションが変わる2026年、そういう状況はいったんリセットされます。新型マシンにはハミルトンのアイデアも盛り込まれていると思いますので、41歳になる大ベテランが復活してくる可能性はあります。
【個人的に注目している選手とチームは......】
ワークスとして復帰するホンダが組むアストンマーティンや、フォードとともに開発した自社製のPUを初めて使用するレッドブルも注目です。
アストンマーティン・ホンダに関しては期待値が高いですが、レッドブルに関してはまったく状況が見えません。ただ自分たちでPUを作るのはそんなに簡単ではないと思いますし、レッドブルは一時期フェルスタッペンが移籍するかもしれないという状況だったので、彼を引き留めるためにシーズン終盤まで開発を続けていました。
その結果、フェルスタッペンは最終戦までチャンピオン争いを演じ、ひとまずレッドブル残留を決めましたが、ギリギリまで開発を続けた影響がどう出るのか。PUを含めた新型マシンの出来次第では、フェルスタッペンが早々にチーム移籍に動くかもしれません。
フェルスタッペンの動向は、テスト兼リザーブドライバーを務める角田裕毅選手にも影響を与える可能性がありますので、開幕から目が離せないですね。
マクラーレンなどのカスタマー勢は、新レギュレーション導入1年目はちょっと苦労するかもしれません。チャンピオンになったランド・ノリスがどんな走りを見せてくれるのかは興味がありますが、個人的にはオスカー・ピアストリに注目しています。
2025年、ピアストリはチャンピオン争いを独走しそうな雰囲気もあったのですが、シーズン中盤戦以降、失速していきました。その本当の原因はわかりませんが、我慢を強いられる場面が非常に多かったように僕には見えました。おそらく言いたいことはたくさんあったと思いますが、自分の心のなかにとどめ、表立ってチームを非難することはなかった。
そんなピアストリの態度を見て、正直、すごいなと感心しました。我慢した分、彼は2026年にかける気持ちは人一倍強いはずですので、期待しています。
カスタマーのなかでは小松礼雄代表が率いるハースも注目です。2026年はトヨタのモータースポーツ部門TGR(トヨタ・ガズー・レーシング)がタイトルスポンサーになり、「TGR ハース F1チーム」として参戦することが決まっていますが、トヨタと組んだことで資金的に余裕も出てくると思います。
2024年からハースの代表を務めている小松礼雄氏 photo by Sakurai Atsuo
「ベスト・オブ・レスト」と呼ばれる中団グループのトップの位置を越えてくるようなマシンを作ってきてほしいなと期待しています。
トヨタは独自のスタイルでF1に参入していますが、ある意味、今の時代にすごくマッチしていると感じます。いきなり自分でチームを所有したり、PUサプライヤーとして参戦したりするのではなく、既存のチームと提携してF1の世界を学び、少しずつ関わりを深めていこうとしています。パートナーとしてハースを選んだのもいい判断だと思います。
それにしても小松さんはすごい。僕はイギリスの小松さんの自宅で一緒に食事をしながらいろいろと話したこともありますが、頭が切れますし、行動力もあります。何よりも人を引きつける魅力があります。
今回のトヨタとの契約は小松さんだからこそまとめられたと思いますし、トヨタと組むハースと、ホンダが組むアストンマーティンが好成績を残してくれたら、日本のファンはすごく盛り上がります。
2026年は日本人ドライバー不在のシーズンとなりますが、両チームが活躍することが将来、日本人のドライバーの誕生につながってくると僕は考えています。日本のF1人気を支えるためにも、両チームには頑張ってほしい。
【ディズニーとのコラボにも期待】
新しいレギュレーションでは、俊敏性の向上を目指し、マシンは小さく軽くなります。また2025年まで取り入れられていたDRS(ドラッグ・リダクション・システム)は廃止され、新たにアクティブ・エアロと呼ばれる可動式のウイングがマシンの前後に採用され、ダウンフォースとドラッグが減って、接近戦のバトルやオーバーテイクが増えることが期待されています。
追い抜きの増加に関しては、新たに導入されるブースト・モードという新たなシステムが効果的だと思います。イメージとしてはスーパーフォーミュラのOTS(オーバー・テイク・システム)に近いのですが、ドライバーが自分で操作して馬力を上げることができます。この新システムの導入によって戦い方が変わっていくでしょう。
さらに2026年はGMやアウディが新たに参戦してきますし、コース外ではディズニーとのコラボレーションがスタートします。ミッキーマウスがF1の世界に入ってくることで、F1というスポーツが日本でもかなり一般的になりそうです。
新しい層のファンが間違いなく増えますし、とくに子どもが興味を持つのは日本のモータースポーツ界にとって大きな意味があります。2026年3月末に鈴鹿サーキットで開催される日本GPは、新型マシンでのレースはもちろんですが、ディズニーのキャラクターたちがどんな形で登場してくるのも楽しみですね。
photo by Tanaka Wataru
終わり
前編から読む
【プロフィール】
中野信治 なかの・しんじ/1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのカートおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を生かし、ホンダ・レーシング・スクール鈴鹿(HRS鈴鹿)のエグゼクティブダイレクターとして、国内外で活躍する若手ドライバーの育成を行なう。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や毎週水曜のF1番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当、2025年夏、世界中で大ヒットしたブラッド・ピット主演の映画『F1 / エフワン』の字幕監修も務めた。