鮮烈に脳裏に刻まれている。競馬記者となって初めて新年を迎えた20年。1月11~13日と3日間競馬が開催された翌日の14…
鮮烈に脳裏に刻まれている。競馬記者となって初めて新年を迎えた20年。1月11~13日と3日間競馬が開催された翌日の14日は、通常であれば美浦トレセンは全休日となる。しかし、陣営が申請を提出すれば調教コースを使用することが可能。馬場入りしたうちの一頭が、当週の日曜・中山メインで重賞制覇を果たすクリスタルブラック(牡8歳、美浦・高橋文雅厩舎、父キズナ)だった。
坂路を映すモニター前には管理する高橋文調教師がいた。同馬の調子を取材しようと声を掛けようとすると「クッ、クッ、クッ」と突然笑いだした。私は訳が分からず、師の視線の先にあるモニターに目をやった。すると、有り余るパワー全開で、もはや制御不能といった感じでグイグイとハミを取って元気いっぱいに駆け上がるクリスタルブラックの姿があった。荒々しい気性とたぐいまれなるパワーを持ち合わせる明け3歳馬。限りない可能性を感じ、取材を終えたことを覚えている。
そもそも私はやんちゃな馬好きで、初戦の粗削りな内容に魅せられたこともあり、1戦1勝の伏兵扱いだったクリスタルブラックに最終的に本命を託した。結果は大外を一直線に伸び、良血スカイグルーヴを並ぶ間もなく抜き去り、先頭でゴールを駆け抜けた。ホームと自負する中山で初めての重賞的中。記者としての一歩を踏み出した、忘れられないレースとなった。
高橋文師にとっても開業後の初の重賞タイトルをもたらしてくれたクリスタルブラック。数年後、トレーナーに当時笑った理由を尋ねてみた。すると「そうだったっけ」。うまくはぐらかされたようだったが、次戦の皐月賞16着から2年5か月もの間を休養し、度重なる脚元の不安がぬぐいきれない近況を詳細に語ってもらった。
JRA通算5戦2勝。5月2日に競走馬登録が抹消されたが、8歳になるまで現役を続行し、もうひと花咲かすと戦い続けた人馬に拍手を送るとともに、キズナ産駒の“第二の馬生”が幸せであることを願いたい。(石行 佑介)