ラグビー「リーグワン」1部のクボタスピアーズ船橋・東京ベイ(東京ベイ)SO岸岡智樹(28)が、新たなフェーズへと足を踏み…

ラグビー「リーグワン」1部のクボタスピアーズ船橋・東京ベイ(東京ベイ)SO岸岡智樹(28)が、新たなフェーズへと足を踏み入れた。

「ラグビー界の地域格差の是正」を目標に、2021年からオフシーズンに始めた移動型ラグビー教室は、2025年9月に47都道府県での実施を達成。2026年からの方向性を熟考し、このほど決断した。

その思いを、母校である早稲田大のOBから教わったというフレーズに重ねた。

「その方は『恩返しという言葉をよく使うけれど、恩送りだよ』とおっしゃっていました。年長者は下の世代に恩を送っていく。循環をつくる意味では、正しいのかなと思います」

会社に例えれば、上司からの恩を部下へ還元する。

「恩送りは第2章のモットーとして、自分の中で決めているものです。僕たちの活動が大人を対象にしていないのは、そういったことです。未来への投資。それが大枠にあります」

移動型ラグビー教室の第2章。結論は「2周目に入る」という形で出た。

再び47都道府県を回る。

「あらためて『地域格差とは何か』と考えた時に、もしかしたらお金かもしれないし、競技人口かもしれない。僕たちはそれを『機会・情報・環境』と定義しています。オフラインである対面でのラグビー教室には、その全てが含まれています」

1周目は47都道府県制覇に5年を要した。今後、詳細を詰めていくが、2周目はそれを2年に短縮する。

「今年は12都県でした。簡単に言ってしまうと、今が1部隊だとしたら、2部隊にすれば24になります。そうすると2年で47都道府県を1周できる。1部隊が1年で訪れることができるMAXは16カ所というイメージを持っているので、3年後に3部隊とすれば1年で回ることができる。僕たちは進学の際に顕著になる、ラグビーからの離脱率を気にしています。外部団体として、1年に1回の頻度で、ラグビー教室を開催できればと考えています」

活動は「岸岡智樹のラグビー教室」と自身の名前を入れている。これまではリーグワンのオフシーズンとなる夏場、岸岡自ら全ての現場に足を運んできた。これから2部隊、さらに3部隊とすれば、必然的に自分がいない現場が生まれる。

「違う人が教えるとなった時に、その人のラグビー教室になると、違うものに見えてしまいます。“岸岡式”のようにメソッド化をする予定です。『誰が言うのか』は価値になるのでゲストの選手が表に立ちつつ、そのサポートができる裏の指導者体制を整えていきます。イベント設計やメニュー構成は運営部隊がやって、2028~30年の3年間は3部隊が同時に動くイメージです」

2024年夏、千葉県で女子選手向けのラグビー教室を開催した。直近2年間のラグビー教室における、女子の割合は平均約5%。大学院でラグビーに取り組む女性がインターン生にいたこともあり「女子だけで集まる機会がなかなかない。やってみよう」と進めた。当日は女子7人制で五輪に出場し、15人制でもW杯代表として活躍してきた松田凜日(東京山九フェニックス)がゲスト参加。そこで気づきがあった。

「これは主観ですが、僕の価値はありませんでした(笑い)。自分が教えることの意義を考えてやってきたつもりでしたが、それがなかったように感じました。凜日さんも、インターン生の子も『楽しかった』となっていた一方、僕は女子選手だけの雰囲気をつかみきれないまま終わってしまった。自分の経験不足ではありますが『僕じゃなくてもいいんじゃないか』と思わされたエピソードです。間違いなく、その場所に価値はある。だからこそ、自分は今までのノウハウを生かした運営をやり、誰かに前に出てもらうのもありと考えました」

いずれは現役を退く時もやってくる。現役選手でない肩書となっても活動を広げ、継続していく方法も考えたタイミングとなった。

「機会・情報・環境」を意識し、実際のラグビー指導でふれあう1日以外はオンラインで接点をつくる。

「残りの364日を線にしていきたい。普及と育成はひとまとめにしがちになりますが、相反するものという実感があります。普及が『未経験者に知ってもらう』、育成が『うまくなる』『深く入っていく』ものだとしたら、その間に『好きになる』『続けたい』という振興・継続があると思っています。それをやるのが、これからの立ち位置になってきます。毎年、ある都道府県でラグビー教室ができたとして、継続して参加してくれるということは“抜けていない”証しになります。ラグビーを続けている証拠が、僕たちが取っていく数字になります。進学の際の継続率に歯止めがきけば、いろいろと変わると思います」

47都道府県を制覇し、次のステップを考えるのは、簡単なことではなかった。

「遠くで見ていたものを近くで見ると、解像度が高まって『これは今の自分の能力や立場で無理だな』というのも見えてきます。『これはもっとできる』というのも見えますが、それがあることで悩む。47都道府県を回りましたが、外から『高いだろう』と思っていた壁の高さを具体的に言えるだけ、見えていたものを近くで見ただけ、とも言えます。そこに手をつけるかどうかを試される、取捨選択のフェーズで悩んでいました」

1年ほど前に「偶然を計画する」という言葉に出合った。旅行会社のキャッチコピーだったと記憶する。

「僕なりに捉えると、偶然のような点を打ちまくって、気づけば線になっていたら、たぶん正しい。元々線を作りにいくと、線の長さも決めないといけません」

対面での移動型ラグビー教室と並行して、平日放課後のラグビーアカデミー、オンラインコミュニティーを運営し、最近では「ラグビー偏差値検定」も業界内で話題になった。1つ1つの“点”にも、目的や意味がある。

選手としても昨季終盤の故障による手術から復帰過程で、3季ぶりのリーグワン制覇に貢献したい2026年。“恩送り”を胸に、第2章が始まる。【松本航】

◆岸岡智樹(きしおか・ともき)1997年(平9)9月22日、大阪府生まれ。小5でラグビーを始める。東海大仰星高(現東海大大阪仰星)、早稲田大、20年に入団したクボタ(現東京ベイ)で日本一を経験。U20(20歳以下)日本代表歴あり。174センチ、83キロ。