井上は自分の距離感をしっかりとつかみ、ピカソを封じた(C)Getty Images 現地時間12月27日、サウジアラビア…

井上は自分の距離感をしっかりとつかみ、ピカソを封じた(C)Getty Images
現地時間12月27日、サウジアラビア・リヤドで行われたスーパーバンタム級4団体統一タイトルマッチで、統一王者の井上尚弥(大橋)は、WBC世界同級2位アラン・ピカソ(メキシコ)に3-0の判定勝ち。この試合を識者はどう見たのか。ロンドン五輪ボクシング・フライ級日本代表であり、井上が「第二の師匠」として慕う、須佐勝明氏が王者が見せた“現代ボクシング”を読み解く。
【動画】これぞ偉才の打ち合い ピカソのパンチを悠々と見切る井上尚弥のファイトシーン
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お互いの良さがしっかりと出ており、内容としては素晴らしい好ファイトだったと思う。
井上選手の出来については、「倒せなかった」という事実だけで評価すべきではない。年間4試合という過密なスケジュールの中で戦い続け、その最終戦でのパフォーマンスに対する自己評価は低かったようだが、それでも随所に井上選手らしい高度な技術が見えていた。ガードをあえて下げ、懐を深く取って相手を誘いながら戦う。相手からすると非常にやりづらいスタイルは健在で、細部の技術はやはり別格だった。
序盤の井上選手は倒しに行く姿勢が見えたと思う。遠心力を活かした強振を積極的に繰り出し、ガードの上からでもダメージを蓄積させていくような戦い方で、序盤は非常にうまくいっていた。
後半になると右のパンチが少なくなった印象があり、どこかを痛めたのではないかという疑念もよぎった。5、6ラウンドでボディを効かせた場面でもう一段ギアを上げれば、KOの可能性もあっただろう。しかし、それでも倒し切れなかった背景には、ピカソの若さや勢い、そして折れないメンタルがあった。最後まで気持ちが途切れず前に出続けた挑戦者の闘志が生きた形だ。
ピカソの戦いぶりは「作戦通り」だったと感じる。スタンスを広く取り、下半身の土台を強固にし、打ち終わりに左フックを的確に合わせる。強打を恐れず、勇敢にパンチを返し続けた。結果として井上選手が“出づらい”状況を多く作り出し、それが判定決着につながったと言えるだろう。
総じて今回の試合は、「倒せなかった試合」ではなく、「極めて高度な技術戦」だった。王者としての重圧を背負いながらも勝ち切る。そうした勝ち方ができるのも、井上尚弥というボクサーの強さであると感じる。
階級を上げてからの井上選手を見ていると、相手の体格差やパワー、距離感といった新たな課題と常に向き合っていることがわかる。それでもKOを狙い続け、年間4試合を戦い抜くのは並大抵のことではない。ライトフライ級からここまで階級を上げてきた事実だけでも偉業だ。さらに上の階級を見据えるというのは、身長差やリーチ差がより大きくなる世界への挑戦で、接近戦の比重が増え、当然リスクも増大する。その中で戦うのは容易ではないが、総合力に長けた井上選手なら成し遂げられると感じる。
話に上がる中谷潤人選手との対戦については、やはり井上選手が優位と見ていいだろう。井上選手はサウスポーに対して右を合わせる能力が非常に高く、遠距離から強振を当てる技術は突出している。その衝撃を実戦で体験した選手は多くないはずで、中谷選手にとっては大きな驚きになるはずだ。井上選手ほどの巧みな距離感を持つ相手はスパーリングでも再現しづらく、その点でも主導権を握る展開が想像されるが、果たしてどうなるか。まずは、次戦の発表を待ちたい。
【解説】須佐勝明(すさ・かつあき)
1984年、福島県生まれ。会津工業高校から東洋大学へ。2012年、自衛隊体育学校所属時にロンドン五輪に出場。ロンドン五輪ミドル級金メダリストの村田諒太は東洋大学の1学年後輩にあたる。株式会社AYUA代表取締役。日本ボクシング連盟理事。日本オリンピック委員会ハイパフォーマンスディレクター。SUSAGYM会長。アジアコーチ委員会委員長。共同通信社ボクシング評論担当。会津若松市観光大使。ほか。
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