「鬼軍曹」と呼ばれた大下剛史ヘッドコーチのもと、今では考えられないほど過酷だったという広島東洋カープの練習。名投手、名捕…
「鬼軍曹」と呼ばれた大下剛史ヘッドコーチのもと、今では考えられないほど過酷だったという広島東洋カープの練習。名投手、名捕手としてチームを支えた佐々岡真司さんと西山秀二さんが、ともに汗を流したチームメイトのエピソードとともに当時を振り返る。(聞き手・TIMレッド吉田さん)
レッド吉田(以下、吉田)ヘッドコーチに「鬼軍曹」と呼ばれた大下剛史さんが入ると、練習は厳しくなりましたか? 具体的にはどんな練習をするんですか?
西山秀二(以下、西山) ウォーミングアップがウォーミングアップって感じじゃなかったよな。
佐々岡真司(以下、佐々岡)朝9時に練習が始まるんですけど、午前中は強化練習。走ってばかりの3時間です。 西山 まずはバラバラでグラウンドを走り始め、「徐々に整列していってください」と言われて、走りながら整列していくんです。「イチ、イチ、イチ、ニ、そーれ!」って掛け声をしてずっと走るんです。それをまずは10周ぐらい。だいたい20分ぐらいかな。最後のほうになると、どんどんスピードが上がっていくんですよ。だからラスト3周ぐらいはほぼ全力ダッシュ。声も出しながらだから、むちゃくちゃキツいんですよ。
それが終わると、今度はインターバル走が始まって、「あそこのポールまで全力で」って言われたら走って、次はゆっくり走って......その繰り返しが10回ぐらい続くんです。
吉田 皆さん、ついていけるんですか?
佐々岡 僕はついていけなかったです。
西山 そのインターバル走の最後にグラウンド1周を全力で走るんです。それを大下さんが見ているんですけど、若い選手が後ろのほうを走っていたら、「二軍に行け」って言われる。「あいつは手を抜いているから二軍」って。だから最後の1周はトップを取らなきゃいけないんです。で、そのあとに2、3周、声を出して走って終わり。それからストレッチをして腹筋、背筋が終わったら、またダッシュです。
吉田 まだ走るんですね。
西山 合間に体操を入れながらダッシュをやったり、1時間ちょっと走りっぱなしです。
吉田 どれぐらい体重は減りましたか?
佐々岡 僕は3週間で8キロ痩せました。そして、秋キャンプ最後の日に体重を計るんですけど、「今の体重で2月1日に来い」と言われるんです。要するに12月、1月で太るなということなんですけど、8キロ痩せてしまっているので、この体重をキープするのは無理だし絶対に太る。だから、鉄アレイを腰のところにふたつ入れて計りました(笑)。
吉田 バレなかったですか?
佐々岡 バレなかったです(笑)。
吉田 当時のそのキツい練習方法は合っていたと思いますか?
西山 最終的に考えれば、プラスになりました。それを経験した選手は、みんな40歳ぐらいまで野球をやれているんですよ。若い時に厳しい練習をしたのがよかったのかなって思います。ただ、今の子は「それは何の意味があるんですか?」って言うと思います。
佐々岡 秋は本当に故障してもいいぐらい練習をやるわけで、「痛い」と言ったら帰らされるし、テーピングを巻いて、痛いなかでもやっていました。それのおかげか、シーズンに入ってちょっと痛いぐらいならできるなという感覚になっていました。今の子はちょっと痛かったら、「張ってる」とトレーナーに伝えて、トレーナーがストップをかけるわけです。昔の選手はやっぱり体が強いというか、故障していても少々の痛みなら投げていました。
西山 「痛い」と言ったら、二軍に行かされるのでね。自分が休むことによって代わりに出た人が活躍したら、戻るところがなくなるし。
吉田 当時、一番根性があった選手は?
西山 根性があったのは町田公二郎じゃないですか。足を捻挫しても松葉杖でグラウンドに来ていましたよ。松葉杖でランニングをしようとしていましたから(笑)。さすがに、休んでおけ」って言われていました。
吉田 では、要領がよかった選手は?
佐々岡 西山ですよ。
西山 僕は、要領よくしないと体が持たなかった。キャッチャーは守備練習の時にコーチと一番近い場所にいるじゃないですか。大下さんは絶対に打席に入って邪魔をするんですよ。普通のバットでやってくれたら送球できるんですけど、(普通のバットより長い)ノックバットで邪魔をするんです。で、うまく投げられないと、そのバットでどつかれる。
佐々岡 大下さんはスタンドに上がってそこからマイクで怒ることもあった。ピリピリムードでしたね。
吉田 すごいプレッシャーのなかでやられていたんですね。その練習をしていて、すごいと思った選手はいますか?
西山 僕は正田耕三さんですね。それだけ厳しい練習をしたあとに、マシンで打ったり、まだ練習をするんです。しかも、そのあとに夜通し遊びに行っていましたからね。2、3時間しか寝てないのに、翌日グラウンドに来て普通に練習をしている。それぐらい元気でした。
吉田 プレーヤーとしてすごいと思った選手は?
西山 練習に取り組む姿勢とかは、金本知憲はすごかったです。才能ですごいと思ったのは前田智徳ですね。
吉田 西山さんのバッティングと、前田さんのバッティングとでは、何が違うんですか?
西山 僕らはここ(手前)じゃないとボールを捉えられないけど、前田はこのへん(手元に近い場所)で捉える。手前だと変化球に対応できないけど、前田は(引きつけるから)追いつけるんですよ。キャッチャーとしてたくさんのバッターを見てきましたが、そのバッティングができるのは3人ぐらいしかいませんでした。
吉田 その3人とは?
西山 落合博満さん、前田智徳、金本知憲です。プロ野球の長い歴史で、2ストライク以降で3割以上打ったのは、この3人だけだと思う。この3人は初球からがっついて打ちにこないんです。追いこまれても打てるので。
吉田 無口な前田智徳さんと野球談義をしたことはありますか?
西山 僕には、野球は真面目には語ってくれないです。
佐々岡 現役時代は基本しゃべらなかったです。
西山 若い頃はよく一緒に飯を食っていたんですよ。その時は一緒に、その日の試合のビデオを見ながらいろいろ話していたんですけど、そんなに野球のことは言わない。ゴルフのことは1から10まで教えてくれる(笑)。
吉田 前田さんは現役引退後、めちゃくちゃ話すのがうまくなりましたよね。
佐々岡 よくしゃべりますよね。
吉田 あれを見てどう思いますか?
佐々岡 (引退して)これだけ変わるんかなって(笑)。
西山 僕は今の前田は見たくなかった(笑)。50歳になっても尖ったままでいてほしかった。テレビで見る前田は、前田であって前田ではない(笑)。
吉田 わかります。前は近寄りがたい感じだったのが、今はフレンドリーですもんね。
【Profile】
佐々岡真司(ささおか・しんじ)/1967年8月26日、島根県出身。89年ドラフト1位で広島に指名され入団。プロ1年目から2ケタ勝利と2ケタセーブを挙げるなど活躍し、03年には史上6人目の通算100勝100セーブを記録。現役引退後は15年から広島のコーチ、20年から22年まで監督を務めた。現在は野球解説者、評論家として活動している。
西山秀二(にしやま・しゅうじ)/1967年7月7日、大阪府出身。プロ2年目の87年シーズン途中、トレードで広島に移籍。広島では94年、96年にベストナイン、ゴールデングラブ賞をそれぞれ獲得。リーグを代表する捕手として活躍。引退後は巨人、中日のコーチを歴任。現在は評論家として活躍している。