男子ゴルフの日本ツアーで通算最多94勝を挙げるなど、実力と人気で黄金時代を築いた尾崎将司(おざき・まさし)さんが、23日…

男子ゴルフの日本ツアーで通算最多94勝を挙げるなど、実力と人気で黄金時代を築いた尾崎将司(おざき・まさし)さんが、23日午後3時21分にS状結腸がんのため死去した。78歳だった。12度の賞金王にも輝き、生涯獲得は26億円超。野球から転向して健夫(71)直道(69)とプロゴルファー「尾崎3兄弟」の長男として活躍し、昭和、平成を象徴するスターだった。葬儀・告別式は故人の遺志で家族葬として執り行い、後日お別れの会を行う予定。

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尾崎さんの「エースキャディー」として通算30勝以上を一緒につかんだ佐野木計至さん(77)が、思い出を語った。今月10日と11日に千葉の尾崎邸を訪れていた。

「今は愛媛の松山に住んでいるんですけど、ジャンボに『出てこい』と言われて行ったんです。ある程度は覚悟していたけど、思ったより元気で。最初の日は『ダイエットに成功したよ』と大笑いしたりしていたけど、2日目はしんどそうであまり声は出なかった」

尾崎さんは入院を拒み、自宅で闘病を続けていたという。

「『何をこの場になってバタバタすることがあるんだ。オレはやりたいことをやり尽くした。うまいもんをたくさん食ったし、ほかの人にはできないこともやった。こんな楽しい人生はないよ。わが人生に悔いなしだよ』と話してました。『やり尽くしたよな』と聞いてきたから、うん、と言ったんです」

佐野木さんは、尾崎さんの数多くの偉業をサポートしてきた。96年のダンロップフェニックス3連覇、97年には中日クラウンズ3連覇…。「懐かしいですよ。(95年ダンロップ)フェニックスの逆転イーグルとかね。今日くらいビデオを出して、見ようかな」としみじみ語った。

同じ徳島の宍喰町(現海陽町)で育った。「僕が1つ年下で。保育所から幼稚園、小中高とずっと一緒でした」。徳島海南高の野球部でも同じ。64年センバツでは一緒に優勝の喜びも味わった。故郷には既にお墓も建てている。尾崎さんのお墓は、ゴルフボールのディンプルを入れていて、スマートな形。30メートルほど横には佐野木さんのお墓もあり、現在はカバーをしているという。

「今度の正月に除幕式をしようと、僕が言ったんです。国道沿いに、ジャンボの墓だと矢印を立てとくから、と。そしたら『おう、頼むよ』って。向こう(天国)に行ったら練習しといてよ、俺がまたバッグを担ぐからって言ったら『ヨッシャー』って…。試合ではハイタッチはしたことはあるけど、握手はなかった。最後に握手をしました。涙が出ましたよ。豪華に離陸していきましたよ。感謝しかないです。ありがとうございました」

最後の2人のやりとりを振り返り、声を震わせた。【木村有三】