日本代表の森保一監督(57)とWEリーグのノジマステラ神奈川相模原FW笹井一愛(ちなり=21)と相模原市内で、講演会を行…

日本代表の森保一監督(57)とWEリーグのノジマステラ神奈川相模原FW笹井一愛(ちなり=21)と相模原市内で、講演会を行った。

森保監督と同じ長崎出身で、サンフレッチェ広島でもプレーし、現在も親交がある小島光顕氏(57)が相模原市で事業を展開している縁で、対談が実現。サッカー教室などで同市を訪れたことがあるといい「住みやすそうな町」と語った。

「夢を信じる強さ~挑戦の先にある未来~」のタイトルで、トークを展開。森保監督は長崎日大時代を振り返り「実はサッカー部辞めました。辞めたというか逃げ出して、練習に行かなくて2週間くらい遊んだりした。でも遊んでいてもなんか面白くない心が満たされない。やっぱおれサッカー好きだなと。もう1回学校に行って、高校の先生にもう1回サッカーをやらせて下さいと頭を下げて、今ではダメですけど、いろいろ愛のムチ、指摘をいただきながら、戻ってこいと戻していただきました」と逸話を明かした。

恩人として、先月亡くなった長崎日大の下田規貴監督の名前を挙げた。森保監督が2週間、練習から逃げ出した際も自宅まで連れ戻しに来てくれたこともあったという。

「私は高校に行けないような悪ガキだったので、だいぶやんちゃな感じがあった。高校もだいぶパワープレーで入学しました。名前は書きましたけど…。回答があっているか分からない。現代社会では学校にも入れていない、入学しても悪いことをしていたので退学していたかもしれない。それでも温かく見守ってくれた」

その経験が現在の指導者人生にも生きる。多様な個性を認め、自己主張の強い選手たちを突き放すのではなく許容するようなスタイルにつながった。

笹井は先天性難聴をもち、右耳は全く聞こえず、わずかに聞こえる左耳に補聴器を装着しながらプレーする。口の動きを見てコミュニケーションを図っているという。「挫折はあまりない」といいながら、壁を乗り越えた経験はある。クラブの下部組織時代、全国大会出場がかかる大会のPK戦で失敗。次の全国大会がかかる大舞台で同じ相手とぶつかる際には、監督に「PK戦になったら自分に蹴らせてほしい」と直訴した。不安もありつつ、悔しさを糧に練習してきた自信のあるコースに蹴り込み、見事成功した。

2011年、小学1年時にテレビでみた女子日本代表なでしこジャパンが女子W杯ドイツ大会優勝をみてサッカーを始めた。「なでしこジャパンになって世界一になってそのピッチに立ちたい。同時に、先天性難聴を持っているので、同じ境遇の方に頑張っている姿を見て元気勇気を与える存在になりたい」と力強く宣言した。