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 2026年1月29日に初開催される『Bリーグドラフト2026』。2026年秋から始まる新B1「Bプレミア」入りを目指す選手たちにとって、その舞台はキャリアの行方を左右する大きな分岐点となる。日本バスケットボール界の未来を担う若者たちが、どのような思いで挑戦へと踏み出しているのか。今回はドラフト志望届を提出した専修大学4年生の松野遥弥にインタビューした。

 身長190センチのガードとして高い身体能力を武器にプレーしてきた松野だが、そのバスケットボール人生は決して順風満帆ではなかった。高校、大学と進学の節目ごとに競技を続けるか悩み、一時はまったく別の道を本気で考えたこともある。幾度もの葛藤を経て、プロの世界へ挑む決断に至った今、何を思い、何を見据えているのか。これまでのキャリアを振り返りながら、ドラフトにかける思いを聞いた。

インタビュー=藤田皓己(バスケットボールキング)

■「バスケットを続けられているのは江崎さんのお陰」


――バスケットボールはいつ、どのようなきっかけで始めたのでしょうか。

松野 小学4年生ぐらいの時に、家族ぐるみで仲が良かった1個上の先輩に誘っていただいて、バスケットボールを始めました。

――ご家族にバスケットボールをプレーされていた方はいますか。

松野 いえ、両親はしていないですね。昔、父が競輪をやっていて、母はソフトボールを少しやっていたという話は聞いたことがあります。

――高校は愛知県の桜丘高校に進学されました。どういった経緯だったのでしょうか。

松野 桜丘は地元の高校なんですけど、地区大会に江崎(悟)監督(現・山梨学院高校監督)が見に来てくれて、声をかけていただきました。桜丘は私立で、地元では文化祭も有名で楽しそうな学校で、そんな学校に呼んでいただいたので、当時は「それなら行こうかな」と。高校生になった時、県外に出て寮生活をしながらバスケを続けるというのは絶対に考えられなかったので。ただ、すごいチームだとは知っていたので、入学後に自分がまさか主力としてプレーするとは思っていなかったですね。

――高校3年間はバスケットボール人生においてどのような期間でしたか。

松野 コロナ禍でいろいろあって、自分がインフルエンザになって大会に出られなかったり、コロナでインターハイを辞退したりと、迷惑をかけたところがありました。でも、江崎(悟)さんのもとでプレーできたことが、自分の人間性も成長させてくれました。自分がバスケットを続けられているのは江崎さんのお陰だと、今振り返ると心からそう思っているので、本当に感謝しかない3年間でしたね。

――専修大学にはどのような経緯で進学されたのでしょうか。

松野 高校2年生の終わり頃、自分は高校を卒業したら美容専門学校に行きたいなと思っていたんです。まさかそんなにレベルの高いところでバスケットボールができるという考えも当時はなかったですし、そのレベルに達していないとバスケットは続けられないのかなという心配もありました。元々おしゃれとか服とかに興味があって、そういう道に行ってみたいなと考えていたんです。就職か、進学か、バスケットを続けるかといった選択肢があるなか、江崎監督と面談をしたら「どこでバスケを続けたいんだ?」とお話されて…。もしバスケットをやるなら関東の強豪でやりたいと思っていたので、その時にパッと思いついた「専修大学ですかね」と話したら、「お前っぽいな」みたいに言っていただいて。そんな感じで進路が決まっていきました。

――専修大学というのは松野選手の口から出たのですね。

松野 はい。その年はコロナでインターハイがなくなったり、ウインターカップも負けたりして、アピールする場が少なかったんです。愛知県とか中部地方の大学から声はかかっていたんですけど、そこでやるなら美容専門学校に行っていたかなって。やるからには関東で、と思って、頭にあった専修大学の名前を出しました。

■B1三遠の練習参加、3人制の経験も


――大学に入ってみていかがでしたか?

松野 プレー強度の部分だったり、フィジカルの面で「本当にレベルが高い」と感じましたね。今も細い方ですけど、当時はだいぶ体が細かったので。桜丘高校では身長が高い方で簡単に点が取れていましたが、大学に入ると周りの先輩たちがすごく身長が高くて。日々成長できるような環境でバスケができていました。

――大学2年生の時にB1三遠ネオフェニックスの練習に参加されていましたね。

松野 映像でしか見てなかったプロの世界を始めて肌で実感しました。練習に入ったり、ワークアウトで指導してもらったりして、自分に足りない部分がまだまだあるんだなと。ポジティブに考えれば、伸び代がすごくあるのかなと感じました。自分にちょっと自信を持って、期待をして、これからバスケを楽しんでいこうというプラスな気持ちがすごく芽生えました。

――当時、プロで通用しそうだと感じた部分はありましたか。

松野 1対1の練習メニューで、自分の武器の一つである身体能力の部分は通用したかなと思います。でも、プロの世界で5対5になると、高校から大学に上がった時以上にものすごい壁が高いなと感じました。IQや体の部分を意識しながらも、自分の良さを発揮しているトップの選手たちは本当にすごいな、と感じました。

――最上級生になった今年は関東2部降格となる苦しいシーズンでした。今振り返って、何がうまくいかなかったのでしょうか。

松野 今年のスプリングトーナメントまでは、チームのポイントになる選手が抜けた中でも、今までの練習強度に対してあまり焦りを感じていなかったというか、少し気持ちに余裕を持ってしまっていた部分がみんなにあったと思います。スプリングトーナメントで白鷗大学に大差で負けた後、「本当にやばい」という焦りもあり3~4時間ミーティングをしました。そこからチームの取り組みが180度ぐらい変わりました。

自分たちも真面目に取り組んできたので、何が足りなかったのかと言うのは難しいですけど……。でも、去年のチームは淺野ケニーさん(現群馬クレインサンダーズ)や市場脩斗さん(現レバンガ北海道)が中心でやってくれて、下級生の頃から試合に出ていた選手たちもいたので、僕たちの代より下の子たちはあまり試合に絡む機会がなかったんです。やっぱり経験の差は少しあったのかなと思います。

――在学中には3x3のADDELM ELEMENTS.EXEでもプレーされていました。3人制の経験が5人制バスケに活きた部分はありますか。

松野 特に活きたなと思うのは、3x3のU21日本代表に選ばれて他国と戦った時です。相手は身長も大きくてフィジカルも強くて。自分は相手と当たることがあまり得意じゃなくて、ちょっと嫌っていた部分があったんですけど、3x3は常に体を当てていかなきゃいけない。嫌いだったんですけど、やらなきゃいけないという状況から、5人制に戻ってきた時にフィジカルコンタクトへの嫌な感じがあまりなくなっていて。体の当たりにちょっと自信が持てたというか、慣れたのはすごく良かったなと思っています。

――これまでのバスケットボール人生で一番のターニングポイントを挙げるとしたらいつですか。

松野 たぶんこれ、優一さん(佐々木監督)とかも知らないと思うんですけど、大学に入ってからも、本当にバスケットをやめようかなっていう時期があって。大学2年生の終わりぐらいですかね。本当にバスケをやめて芸能・ファッションの世界に行こうかなと、親にも相談するぐらいギリギリのところまで行っていました。でもそこで、自分を応援してくださった方々のことを思い浮かんだりして、やめるという決断には至りませんでした。自分の中では危なかったというか…本当に悩んだ期間がありましたね。

■インカレ出場できず「不安」募る日々


――どのような思いでBドラフトにエントリーすることを決めましたか。

松野 他の大学の選手がプロに行くのを見て、なんで今大学を抜けていくのが正解なのかなとか、そのメリットやデメリットも全くわからなかったんです。初めてのことなので、どうなるか分からないですけど、初めてドラフトにかかる年ということで、自分は挑戦してみたいな、という気持ちでエントリーしました。

――エントリーするにあたって誰かに相談しましたか。

松野 家族は今もドラフトのことはよくわかっていないと思います。本当にエージェントの方がたくさんドラフトのことを教えてくれて、その中でエントリーしたい、挑戦したいなという気持ちになりました。

――今の心境はいかがですか。不安と楽しみ、どちらが大きいですか。

松野 不安ですね…めちゃくちゃ不安です。インカレの舞台に立てないというのは、すごく大きい部分だなと思っていて。すごく不安です。

――コンバインではどんな姿を見せたいですか。

松野 インカレに出られない分、この期間にできることをやってきました。自分のアピールポイントは、オフェンスはもちろん、身体能力を活かしたプレーやシュート力など、何でもできるという部分だとは思うんですけど、この身体能力を活かして、身長も190センチあるので、それを活かしたディフェンスをアピールしたいなと思っています。

――ディフェンスはこれまで課題の一つでもありましたか。

松野 はい、課題ではありました。でも、ディフェンスは絶対に必要で、今の日本代表の戦いを見ていても自分が一番優先すべきことだと思います。どのチームに行ってもディフェンスは必ず必要で、プレータイムが伸びるかどうかも、どれだけディフェンスができるのかという部分なのかなと感じているので。

――松野遥弥の“完成形”はどのようなタイプの選手でしょうか。例えばBリーグでモデルになるような選手はいますか。

松野 自分の価値を上げるためにポイントガードとしてやっていかなきゃいけないと思っています。身長は少し違いますが、三遠ネオフェニックスの佐々木隆成さんのような、身体能力もありつつIQもある選手が、自分の完成形かなと思います。

――将来の夢を教えてください。

松野 子どもたちやファンの方々の目標になるような人物になりたい、という思いがすごくあります。自分が芸能に興味があったのも、そういう人たちがすごく輝いて見えていたからで、今度は自分がそういう選手、そういう人間になりたいなというのが一つの夢です。

――最後に、Bリーグのファンや関係者の方々にメッセージをお願いします。

松野 よく「華がある」って言われるんですけど、自分ではどこに華があるのか分からなくて。でも、そうおっしゃってくださる方がたくさんいるので、そこは見ていて楽しい部分なのかなって思うので、そこに注目してほしいですし、今までの松野遥弥という印象だけではなくて、必ず進化した部分をファンの方々にお見せするので、そこは期待して待っていてください。

■選手プロフィール


氏名:松野遥弥(まつのはるや)

経歴:桜丘高校⇒専修大学

出身地:愛知県

生年月日:2003年4月16日(22歳)

ポジション:ポイントガード兼シューティングガード

身長:190センチ

体重:83キロ

利き手:右