元大阪桐蔭・久米健夫インタビュー(後編) オリックスが関西圏で試合を行なう際、森友哉の専属トレーナーを務める久米健夫は、…
元大阪桐蔭・久米健夫インタビュー(後編)
オリックスが関西圏で試合を行なう際、森友哉の専属トレーナーを務める久米健夫は、午前中、あるいは試合後、時にはその両方の時間を使い、森の自宅で1時間ほど体を整える。
オリックス3年目となった今季、森は開幕直前に右脇腹を痛めて戦線を離脱。5月に一軍へ昇格したものの、7月には右太もも裏を負傷し、再び離脱を余儀なくされた。9月に復帰は果たしたが、シーズン通算では50試合の出場にとどまり、打率.205、1本塁打、14打点という成績に終わった。
大阪桐蔭OBで(株)夢道場の代表を務める久米健夫氏
写真は本人提供
【サポートではなく共に戦う覚悟】
フルスイングを信条とする打撃スタイルに加え、捕手というポジション特有の身体への負荷。年齢も30代に差しかかり、コンディション面で苦しんだ1年でもあった。森の再生に向け、久米も覚悟を口にする。
「サポートするというより、今は『共に戦っていきたい』という思いが、すごく強いです。プロの選手は、毎日ひりひりした世界で戦っている。その気持ちを一緒に感じながら、同じ目線で戦いたい。一緒に戦うなかで、森が野球界で一番のバッターだということを、証明したいし、証明してほしい。まだ、ここで留まる選手じゃない。
本人にその気はないですし、今の状況でこんなことを言うのは酷かもしれませんが、個人的には、日本で圧倒的な活躍をしたうえで、アメリカで勝負してほしい。それくらいの気持ちを持っています。それほど高い目標に向かって、まだまだやってほしい。その森に負けないように、自分自身も現状に甘えることなく、現役の頃の気持ちをもう一度思い出して、1日1日を戦っていきたいです」
パーソナルトレーナーを務める一方で、(株)夢道場の仕事には、もうひとつの柱がある。中田氏との出会いをきっかけに目覚めた、プレーのレベル向上におけるコンディショニングの重要性を広く伝えていくことだ。
身体機能向上アカデミー(和泉市で実施)では、小・中学生の球児を対象に、体の使い方や体幹強化などをテーマに、トレーニングと実技の動きを交えながら指導している。一方、夢道場アスリートハウス(堺市で実施)では、大学生、社会人、プロ選手を対象に、より専門的なトレーニング指導を行なう。
とりわけ子ども向けのアカデミーについては、近年「野球塾」といった形態が増えるなかで、「打つ」「投げる」といった技術の前段階こそが重要だと、久米は力を込める。
「保護者も子どもたちも、野球がうまくなりたい、技術を身につけたいと考えると、どうしても『打つ』『投げる』ことに目が向きがちです。子どもたち自身も、打ったり投げたりするほうが楽しいですし、教える側も満足度を高めようとして、そうした指導が多くなってしまう。
でも実際には、毎日一生懸命バットを振っているのに打てない、変わらないという選手が少なくありません。僕自身も、まさにそうでした。だからこそ、視点を変えたアプローチを提案し、姿勢や体のバランス、コンディショニングの大切さを、もっと広く伝えていきたいんです」
【身体が変われば未来が変わる】
『夢道場 ドリームフェスタ2025』のチラシにはこう記されている。
<〜身体が変われば未来が変わる〜>
身体を変えていくためには、自分自身で体を思いどおりに扱えるようにする、いわば操作性を高めることに加え、体力面の強化が不可欠だという。
「技術の形や動きを教わっても、それを表現できる土台がなければ身につきません。ただ、体の使い方を習得するのは、とくに子どもにとって簡単なことではない。だからこそ、まずは基礎体力を伸ばしていくことが大切なんです。基礎体力が高まれば、技術は自然と上積みされやすくなる。
NPBの選手もメジャーリーガーも、各界のトップで活躍している選手たちは、ずば抜けた体力と強い体を持っていて、そのうえに技術がある。ウチでは、子どもたちに対しても体幹を鍛えるトレーニングは、あえてハードに行なっています」
強い思いを持って取り組む日々の活動は、多忙を極める。身体機能向上アカデミーでは、100人を超える生徒を対象に、月・火・金の夕方以降に指導。指導を終えたあと、21時過ぎから試合を終えた森の調整に向かうことも少なくない。

身体機能向上アカデミーでは、小・中学生の球児を対象に、体の使い方や体幹強化などをテーマに指導している
写真は本人提供
日中から夕方にかけては、中学・高校のチーム指導に加え、母校・関西大野球部のグラウンドにも週1回のペースで足を運ぶ。さらに、空いた時間には夢道場アスリートハウスで大学生や社会人選手へのパーソナル指導を行ない、時には同級生の甲子園メンバーで、希少がんと闘う福森大翔のケアにも力を注ぐ。加えて、オンラインでの朝トレーニングなどもこなす日々だ。
それでも、より多くの人に、そして子どもたちに教えを届けたいという思いから、活動の手を緩めることはない。ただし、コンディショニングやトレーニングの分野は、ひとりで見られる範囲に限界があるのも事実で、新たなやり方や仕組みを模索中だ。そんななかでも、次々にやりたいことが浮かんでくる。
「幼稚園から小学校低学年の子どもを対象にしたキッズアカデミーも、やっていきたいと思っています。野球に特化するのではなく、運動能力を高めるうえでとても大切な時期ですから」
【夢道場が目指すその先】
さらに、現在も行なっているオンライン指導を、今後はより広げていきたいとも語る。
「たとえば、会員限定のオンラインサロンをつくり、小学生からプロまでが同じ場で交流できるような取り組みもやってみたいですね」
過去にNPBの若手選手が出演したケースもあり、この構想はすでに具体的な形を描いているという。話は次第に熱を帯び、その先には、あふれる思いとともに、さらに大きな目標を掲げていることも見えてきた。
「子どもたちの育成に、もっともっと力を入れて、この流れを広げていきたい。そして将来的には、その受け皿をつくりたいんです。一番の目標は、高校をつくることです」
高校をつくる?
「高校、あるいは専門学校です。アスリート育成のために、この教えがきちんとつながっていく受け皿をつくりたいんです」
大阪桐蔭野球部OBを取材していると、規格外に思える大きな夢をストレートに口にする場面にしばしば出会う。そのたびに、「日本一」を目指す集団のなかで育まれたマインドなのだと納得させられてきたが、今回もまさにそうだ。
「今の僕からしたら、とんでもなく大きな夢ですけど、自分の力を最大限に発揮して、できるところまでいきたい。どうしても受け皿をつくりたいんです」
やるならトップを目指す。その思考は、森のメジャー挑戦を語る言葉とも重なっていく。そんな久米が主催者となり、「三度の飯より野球好き」な元大阪桐蔭野球部の仲間たちの協力を得て開催されるイベントが、いよいよ目前に迫っている。
近年は野球人口の減少といった話題も頻繁に聞かれるが、久米はこう語る。
「もちろん、そこも大事です。でも、いま野球をやっている子どもたちが、いい方向に向かうきっかけになってほしい」
夢道場という名前には、「子どもたちが夢を持つきっかけとなり、夢をかなえるための場所になってほしい」という思いが込められているという。年末に開催されるこの華やかなイベントもまた、子どもたちの夢や思いが大きく膨らむ時間となるに違いない。