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 アメリカメディアの権威『TIME』が、ラスベガス・エーシズのエイジャ・ウィルソンを「アスリート・オブ・ザ・イヤー 2025」に選出した。

2025年のWNBAを“征服した”女王


 レブロン・ジェームズが“NBAの王様”であるのであれば、ウィルソンは“WNBAの女王”だ。得点王、シーズンMVP、ファイナルMVP、最優秀守備選手賞、チャンピオン、そして史上最速での通算5000得点到達。優勝パレードで身につけていたインフィニティ・ガントレットは、ストーンが6個揃うと世界を征服する力が得られるというマーベル・コミックスの架空の道具だが、まさに2025年のウィルソンはWNBAを“征服した”というに相応しい完璧な1年となった。

 2025年のエーシズは、決して終始順風満帆ではなかった。序盤は勝率5割前後を彷徨い、新設球団に大敗することも。しかし、ウィルソンの「今日の負けに何も感じていない人は明日アリーナに来なくていい」という責任と自尊心を突きつけるメッセージは、チームにカンフル剤を注入することとなり、レギュラーシーズン終盤に猛スパートを開始。プレーオフでは接戦をことごとくものにし、WNBAファイナルではフェニックス・マーキュリーをスウィープで仕留め、3度目のリングを獲得した。

 しかし、コートでの素晴らしい成績だけが『TIME』の名誉ある賞に繋がったわけではない。

理不尽な苦難を越えて”未来を変える”


 今シーズンのエーシズと同様に、ウィルソンの人生も苦難の連続だった。サウスカロライナ州で育った幼い頃、彼女はお泊まり会に誘ってきた白人のクラスメイトから「うちのお父さんは黒人が好きではないから、あなたは外で寝なきゃいけないかも」と告げられたという。肌の色を理由に自分のどこかが「好かれていない」と突きつけられた原体験は、彼女の心に長く残り続けた。

 また、思春期には読み書きの困難に悩まされ、16歳でディスレクシア(読字障害)と診断。頭では理解しているのにアウトプットが伴わず、必死に努力しても報われない感覚にメンタルを何度も追い詰められた。

 転機は、努力で埋めるしかない現実を受け入れたことだった。父はウィルソンの才能を信じ、娘をスパルタでトレーニングした。重り付きベスト、5ポンドの重いボールでのドリブルなど、まるで漫画のような練習後には無言で帰り道を過ごすことも少なくなかったという。

 それでも父の厳しいトレーニングに耐え抜き、高校で全米トップリクルートの才能にまで成長すると、ドーン・ステーリー率いる地元のサウスカロライナ大学に進学。だが、カレッジでも名将から厳しい指導を受け続ける。ステーリーはウィルソンに「埋もれている」と容赦ない言葉を投げかけ、練習でボールに触れなかった日は端に追いやられることも。しかし、悔しさを飲み込んだその経験が、勝者としての責任を作り上げ、2017年には同校初の全米制覇を経験。後に、サウスカロライナ大学にはウィルソンの銅像が建つことになったのだ。

 そして、2018年にWNBAドラフト全体1位指名でエーシズに加入するウィルソンだったが、3度の優勝の過程でも痛みを経験した。コロナ禍の2020年、自身初のMVPを獲得した1年は惜しくもファイナルで敗れ、鬱状態や不安に沈み、家族旅行中にはパニック発作を起こした。

 それでもセラピーと家族の支えで立ち上がり、ウィルソンは『TIME』が称えるスターの領域へと到達した。コート外では昨年、ナイキから『A’One』を発表。黒人WNBA選手としてはキャンデース・パーカー以来およそ14年ぶりのシグネチャーモデルとなった。さらに、現在は選手会の中心メンバーとして新CBA交渉にも関わり、WNBAの視聴率やフランチャイズ価値が過去最高を更新するなかで、その成長が選手にどれだけ還元されるべきかを問い続けている。

 レブロン・ジェームズは言う。「彼女は娘にとってのマイケル・ジョーダンだ」と。また、ドウェイン・ウェイドの妻である女優のガブリエル・ユニオンも「スキャンダルでも炎上でもなく、卓越そのもので世界を動かす」とウィルソンの影響力を手放しで称賛している。

『TIME』の授賞イベントにおいて、ウィルソンは「トロフィーは素晴らしい。でも、本当のトロフィーは、私を見てバスケットを始める女の子たち」と語り、次世代を担う未来の女性プレーヤーたちにエールを贈った。

 優勝、個人賞、スタッツ。それはコートでの出来事に過ぎない。『TIME』はウィルソンの“未来を変える力”を讃えているのだ。

文=Meiji

【動画】エーシズを優勝に導きMVPに輝いたウィルソンのプレー集